結論から言うと——ATP-PCr系とATP-CP系は同じエネルギー供給系で、違うのは呼び方だけです。PCr(ホスホクレアチン)とCP(クレアチンリン酸)は同じ物質を指します。この系は筋肉にためたクレアチンリン酸を使ってATPを一瞬で作り直し、全力の動きを10秒ほど支えます。使い切ったクレアチンリン酸は休むと戻りますが、元の量に近づくまでには数分かかります。
| よくある誤解 | 正しい理解 |
|---|---|
| ATP-PCr系とATP-CP系は別の仕組み | 同じ仕組み。PCr(phosphocreatine)とCP(creatine phosphate)は同じ物質の別名 |
| 10秒たつとATP-PCr系から次の系に切り替わる | 3つの供給系は最初から同時に動いている。6秒の全力ダッシュでも解糖系が約半分を担う |
| ATP-PCr系は短距離選手だけのもの | 筋トレの高重量セット、ジャンプ、階段ダッシュなど、強く短い動きでは誰でも主役になる |
| セット間は30秒休めば十分回復する | 30秒では回復しきらない。4分休んでも元の約8割という研究がある |
ATP-PCr系をたとえ話でつかむ
筋肉が動くときに使えるお金は、ATPという「電子マネー」だけです。ところが筋肉にチャージしてある電子マネーはとても少なく、全力で動くと数秒でなくなります。そこで筋肉は、ポケットに「現金」としてクレアチンリン酸を入れておき、電子マネーが減るとその場でチャージし直します。チャージは一瞬で終わるので速いのですが、ポケットの現金も少なく、全力だと10秒ほどで底をつきます。
ATP-PCr系の仕組み
中心になる反応は、クレアチンキナーゼ(CK)という酵素が進める次の反応です。
PCr + ADP + H⁺ ⇄ ATP + Cr (クレアチンキナーゼ)
反応が1段階で終わるため、ATPを作り直す速さは3つの供給系の中で最も高くなります。ADP2つからATPとAMPを作るミオキナーゼ(アデニル酸キナーゼ)反応もこの系に含めます。酸素を使わず乳酸も生まないため、日本語では「非乳酸性機構」「ホスファゲン機構」とも呼ばれます。
安静時の骨格筋には、ATPのおよそ3〜4倍のPCrがたくわえられています。それでも絶対量は少なく、6秒の全力スプリント1本でPCrは約57%減ったという測定があります(Gaitanosら、1993)。速筋線維は遅筋線維よりPCrが多く、短く爆発的な動きに向いています(速筋線維の記事)。ATPそのものの働きはATP(アデノシン三リン酸)の記事で解説しています。
ATP-PCr系はどれくらいで回復するか
運動後のPCrの回復には、速い段階と遅い段階があります。疲労困憊まで運動した直後、PCrは安静時の15〜16%まで減っていました。速い段階の半減期は約21〜22秒、遅い段階の半減期は170秒以上です(Harrisら、1976)。血流を止めると回復が完全に止まったことから、回復には酸素を使う有酸素系が欠かせません。
| 場面 | PCrの量 | 出典 |
|---|---|---|
| 疲労困憊の運動の直後 | 安静時の15〜16% | Harrisら(1976) |
| 30秒の全力スプリントの直後 | 安静時の約17% | Bogdanisら(1996) |
| その後3.8分休んだとき | 安静時の約79% | Bogdanisら(1996) |
ATP-PCr系と解糖系・有酸素系の違い
| 項目 | ATP-PCr系 | 解糖系(乳酸系) | 有酸素系 |
|---|---|---|---|
| 材料 | クレアチンリン酸 | グリコーゲン・グルコース | 糖・脂肪(一部たんぱく質) |
| 酸素 | 使わない | 使わない | 使う |
| ATPを作る速さ | 最も速い | 速い | 遅い |
| 作れる量 | 最も少ない | 中くらい | ほぼ無制限 |
| 主役になる時間の目安 | 〜10秒 | 10秒〜2分前後 | 2〜3分以降 |
| 代表的な運動 | 1RM、ジャンプ、短距離ダッシュ | 400m走、高回数のセット | ジョギング、長距離 |
表の時間は「主役になる」目安で、3つの系は運動の開始と同時にすべて動き出します。6秒の全力スプリント1本目では、PCrと解糖系がほぼ半分ずつエネルギーを出していました(Gaitanosら、1993)。有酸素系の詳細は有酸素性エネルギー供給の記事を参照してください。
ATP-PCr系を筋トレに生かす
- 最大筋力を狙う日(1〜5回):セット間は3〜5分とり、PCrを戻してから次のセットに入る
- パワー種目(ジャンプ、クリーン):1セットを数回・数秒に収め、毎回しっかり休んで質を保つ
- 筋肥大を狙う日(8〜12回):1〜2分の休息でもよい。解糖系の比重が大きくなる
- クレアチンの摂取:筋肉のクレアチン量を増やし、短い全力運動の反復で力を保ちやすくする
休息時間の決め方はセット間休息時間の記事に、クレアチンについてはクレアチンの記事にまとめています。
ATP-PCr系の試験に出るポイント
- 酵素はクレアチンキナーゼ。解糖系の律速酵素ホスホフルクトキナーゼ(PFK)とのひっかけに注意
- 「非乳酸性」「無酸素性」「ホスファゲン機構」はすべてATP-PCr系を指す
- ATPを作る速さは ATP-PCr系 > 解糖系 > 有酸素系、作れる量はその逆
- PCrの回復には酸素が必要(有酸素系で作ったATPを使う)
- 運動の強さと時間から主なエネルギー供給系を選ばせる問題が多い。数秒の最大努力ならATP-PCr系
ATP-PCr系のよくある質問
- QATP-PCr系とATP-CP系の違いは何ですか?
- A
違いはありません。PCr(ホスホクレアチン)とCP(クレアチンリン酸)は同じ物質の呼び方の違いです。教科書や資格試験によって表記が分かれているだけで、仕組みは同じです。
- QATP-PCr系は何秒もちますか?
- A
全力の運動で主役でいられるのは10秒ほどが目安です。ただし最初の数秒から解糖系も大きく働いているので、「10秒まではATP-PCr系だけ」というわけではありません。
- QATP-PCr系と酸素は関係ありますか?
- A
ATPを作る反応そのものは酸素を使いません。ただし、使ったPCrを休息中に元に戻すには有酸素系で作ったATPが必要です。血流を止めるとPCrの回復が止まることが確かめられています。
ATP-PCr系の理解度チェック
- Q問題1:ATP-PCr系でPCrからADPへリン酸を渡す反応を進める酵素はどれか。
A. ミオシンATPアーゼ
B. クレアチンキナーゼ
C. 乳酸脱水素酵素
D. ホスホフルクトキナーゼ - A
正解:B。クレアチンキナーゼがPCr + ADP → ATP + Cr の反応を進めます。Dのホスホフルクトキナーゼは解糖系の律速酵素です。
- Q問題2:ATP-PCr系が主なエネルギー源となる運動はどれか。
A. 30分のジョギング
B. 400m走
C. ベンチプレスの1RM測定
D. フルマラソン - A
正解:C。1RMの試技は数秒で終わる最大努力なので、ATP-PCr系が主役です。400m走は解糖系、ジョギングとマラソンは有酸素系が主役になります。
- Q問題3:運動後のPCrの回復について正しいものはどれか。
A. 酸素がなくても同じ速さで回復する
B. 約10秒で完全に回復する
C. 速い段階と遅い段階があり、元の量に近づくまで数分かかる
D. 回復には24時間以上かかる - A
正解:C。速い段階の半減期は約20秒ですが、遅い段階があるため元の量に近づくまで数分かかります。回復には酸素が必要なのでAは誤りです。
ATP-PCr系の覚え方
速さ 量 主役の時間
ATP-PCr系 ★★★ ★ 〜10秒 → 電子マネー+ポケットの現金
解糖系 ★★ ★★ 〜2分 → 財布の現金
有酸素系 ★ ★★★ それ以降 → 銀行口座
「速い順=少ない順」
PCr = CP(呼び方が違うだけ)
回復には酸素が要る(銀行口座からポケットに補充)
ATP-PCr系のまとめ
- ATP-PCr系とATP-CP系は同じもの。PCrとCPは同じ物質の別名
- クレアチンリン酸のリン酸をADPに渡し、ATPを1段階の反応で作り直す
- 3つの供給系で最も速いが、全力で10秒ほどしかもたない
- 3つの系は同時に動き、時間と強さで主役の割合が変わる
- PCrの回復には速い段階と遅い段階があり、酸素が必要
- 最大筋力やパワーを狙う日は、セット間を3〜5分とる
ATP-PCr系の語源と必須用語
| 語 | 語源 | 意味 |
|---|---|---|
| ATP | Adenosine Triphosphate の頭文字 | アデノシン三リン酸 |
| PCr | Phosphocreatine の略。phospho(リン)+ creatine | ホスホクレアチン |
| CP | Creatine Phosphate の頭文字 | クレアチンリン酸(PCrと同じ物質) |
| Creatine | ギリシャ語 kreas(肉) | 肉から見つかった物質 |
| Phosphagen | phosphate(リン酸)+ -gen(生み出すもの) | ホスファゲン。リン酸を渡してATPを生み出す物質 |
| 用語 | 読み方 | 意味 |
|---|---|---|
| ADP | エーディーピー | アデノシン二リン酸。ATPがリン酸を1つ失った形 |
| クレアチンキナーゼ(CK) | くれあちんきなーぜ | PCrからADPへリン酸を移す酵素 |
| ミオキナーゼ反応 | みおきなーぜはんのう | ADP2つからATPとAMPを作る反応 |
| ホスファゲン機構 | ほすふぁげんきこう | ATP-PCr系の別名 |
| 非乳酸性機構 | ひにゅうさんせいきこう | 乳酸を生まない無酸素性の供給系。ATP-PCr系のこと |
| 解糖系 | かいとうけい | 糖を分解してATPを作る無酸素性の供給系 |
| 半減期 | はんげんき | 量が半分になる(ここでは減った分の半分が戻る)までの時間 |
参考文献
- Harris RC, Edwards RHT, Hultman E, et al. (1976) The time course of phosphorylcreatine resynthesis during recovery of the quadriceps muscle in man. Pflügers Archiv 367: 137–142. doi:10.1007/BF00585149
- Gaitanos GC, et al. (1993) Human muscle metabolism during intermittent maximal exercise. Journal of Applied Physiology 75(2): 712–719.
- Bogdanis GC, Nevill ME, Boobis LH, Lakomy HKA. (1996) Contribution of phosphocreatine and aerobic metabolism to energy supply during repeated sprint exercise. Journal of Applied Physiology 80(3): 876–884.
- Harris RC, Söderlund K, Hultman E. (1992) Elevation of creatine in resting and exercised muscle of normal subjects by creatine supplementation. Clinical Science 83: 367–374.


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