結論から言うと——
内転筋群は太ももの内側に位置する5つの筋肉の総称で、股関節内転(脚を内側に閉じる動作)の主動筋です。しかし「内ももを閉じるだけの筋肉」という認識は大きな誤解で、股関節の屈曲・伸展・安定、骨盤の制御、さらにはハムストリングスや中殿筋との協調による歩行・走行のバランス維持にまで関わります。スポーツ障害では鼠径部痛(グロインペイン)の主要原因筋のひとつであり、見落とされがちながら下半身パフォーマンスの鍵を握る筋群です。
語源
| ラテン語 | 意味 |
|---|---|
| adductor | 引き寄せるもの(ad=〜へ、ducere=引く) |
| ad- | 〜に向かって |
| ducere | 引っ張る・導く |
「体の中心軸に向かって引き寄せる筋肉」が文字通りの意味です。対義語は外転筋(abductor:ab=離れて)で、中殿筋が代表的な外転筋です。
解説
太ももの内側を触ってみてください。それが内転筋群です。
主な仕事は脚を内側に閉じること(股関節内転)です。
- 両膝を閉じる
- 馬に乗って脚で締める
- サッカーのインサイドキック
- バレエのターンアウトから元に戻す動作
これらすべてに内転筋群が使われています。
でも実はもっと大事な役割があります。
歩いているとき、内転筋群は骨盤が左右にぶれないよう中殿筋と協力して安定させる「内側の支え」として働いています。
イメージは「太ももを内側から支えるロープの束(5本)」です。
5本のロープがそれぞれ少しずつ角度を変えて張られているため、引っ張る方向や役割が微妙に異なります。全体でチームを組みながら、股関節をあらゆる方向から支えています。
解剖学的構成
内転筋群は以下の5筋で構成されます。
| 筋肉 | 起始 | 停止 | 主な機能 |
|---|---|---|---|
| 恥骨筋(Pectineus) | 恥骨上枝 | 大腿骨恥骨筋線 | 内転・屈曲 |
| 短内転筋(Adductor brevis) | 恥骨下枝 | 大腿骨粗線上部 | 内転・屈曲 |
| 長内転筋(Adductor longus) | 恥骨結合前面 | 大腿骨粗線中部 | 内転・屈曲(最も表層) |
| 大内転筋(Adductor magnus) | 坐骨結節・坐骨枝・恥骨下枝 | 大腿骨粗線・内転筋結節 | 内転・伸展(最大・最強) |
| 薄筋(Gracilis) | 恥骨下枝 | 脛骨内側面(鵞足) | 内転・膝屈曲・内旋 |
支配神経:
- 恥骨筋・短内転筋・長内転筋・薄筋・大内転筋(前部):閉鎖神経(L2・L3・L4)
- 大内転筋(後部・ハムストリングス部):坐骨神経(L4)
- 恥骨筋:大腿神経(L2・L3)も関与
大内転筋の二重構造
内転筋群の中で特に重要なのが大内転筋(Adductor magnus)です。
大内転筋は起始・停止・支配神経が異なる2つの部位で構成されています。
| 部位 | 起始 | 停止 | 支配神経 | 主な機能 |
|---|---|---|---|---|
| 内転筋部(前部) | 恥骨下枝・坐骨枝 | 大腿骨粗線 | 閉鎖神経 | 股関節内転 |
| ハムストリングス部(後部) | 坐骨結節 | 大腿骨内転筋結節 | 坐骨神経 | 股関節伸展 |
後部は起始(坐骨結節)・支配神経(坐骨神経)・機能(股関節伸展)がハムストリングスとほぼ同一であり、機能的にはハムストリングスの一部と考えることができます。デッドリフトやRDLで「内もも奥が効く」感覚はこの後部が活性化されているためです。
股関節における多面的な役割
内転筋群は「内転するだけ」ではなく、股関節の姿勢によって機能が変化します。
| 股関節の姿勢 | 内転筋群の機能 |
|---|---|
| 屈曲位(前傾) | 内転+伸展に貢献 |
| 伸展位(後傾) | 内転+屈曲に貢献 |
| 中間位 | 純粋な内転 |
この特性により内転筋群は股関節の「調整役」として機能し、屈曲筋群と伸展筋群の両方を補助します。
歩行・走行における役割
内転筋群の歩行・走行への貢献は見落とされがちですが非常に重要です。
蹴り出し局面(プッシュオフ): 大内転筋のハムストリングス部が股関節伸展に貢献し、推進力を補助します。
スイング局面(脚の振り出し): 長内転筋・短内転筋が股関節屈曲を補助し、脚の振り出しをスムーズにします。
骨盤安定: 中殿筋(外転筋)と内転筋群が協調して骨盤の前額面での安定を維持します。この協調が崩れると骨盤の左右動揺が増大します。
鼠径部痛(グロインペイン)との関係
スポーツ選手に多い鼠径部痛(Groin pain)の主要原因のひとつが内転筋群の過負荷・損傷です。
サッカー・ホッケー・ラグビーなど方向転換の多い競技で高頻度に発生し、特に長内転筋の近位部(恥骨付近)が損傷しやすいとされています。
Tak et al.(2017)のシステマティックレビューでは、内転筋群の筋力低下が鼠径部痛の最大のリスク因子のひとつであることを示しています。
トレーニングとの関係
| 種目 | 内転筋群への負荷の特徴 |
|---|---|
| スモウデッドリフト | 股関節外転位からの内転力発揮。大内転筋への強い刺激 |
| ワイドスクワット | 内転筋群全体の動的安定。特に大内転筋が関与 |
| コペンハーゲンアダクション | 内転筋群の最大筋力・遠心性収縮を鍛える最強の予防種目 |
| ライイングアダクション | 孤立した内転種目。長内転筋・短内転筋に効果的 |
| ラテラルランジ | 遠心性内転収縮。機能的なトレーニングに有効 |
| ホースライダースクワット | 内転位での深屈曲。内転筋群全体への複合刺激 |
コペンハーゲンアダクションの重要性: Ishøi et al.(2016)は、コペンハーゲンアダクションプログラムを実施したサッカー選手で内転筋群の筋力が有意に向上し、鼠径部痛の発生率が低下したことを示しています。
豆知識
🐴 「馬乗り筋」と呼ばれることも 内転筋群は馬に乗るときに馬体を挟み込む筋肉として古くから知られており、乗馬選手は内転筋群が非常に発達しています。バレエダンサーも股関節外旋位から内転位への素早い切り替えで内転筋群を高度に使います。
⚽ サッカーの鼠径部痛は「選手生命に関わる」 プロサッカー選手のキャリアを脅かす最多障害のひとつが内転筋群の損傷による鼠径部痛です。再発率が高く、適切なリハビリなしでは慢性化しやすいため、予防的な内転筋群強化が現代のスポーツ医学で重視されています。
🦵 薄筋は膝も動かす唯一の内転筋 内転筋群の中で薄筋だけが膝関節をまたぐ二関節筋です。膝関節の屈曲・内旋にも関与します。薄筋腱は「鵞足(がそく)」を形成する3腱のひとつで、前十字靭帯再建術の移植腱として使われることがあります。
🔬 大内転筋の「穴」を動脈が通る 大内転筋には内転筋管(Hunter’s canal)と呼ばれる管状の構造があり、大腿動脈・静脈・伏在神経がここを通過します。この管の出口付近(内転筋裂孔)で血管の走行が変わる重要な解剖学的ランドマークです。
関連論文
1. Ishøi et al.(2016) 「Which exercises target the gluteal muscles while minimizing activation of the tensor fasciae latae? Electromyographic assessment」 Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy
コペンハーゲンアダクションが内転筋群の筋力強化に非常に効果的であることを示し、サッカー選手における鼠径部痛予防プログラムとしての有効性を報告しています。
2. Tak et al.(2017) 「Groin injuries and groin pain in athletes」 Sports Medicine
内転筋群の筋力低下が鼠径部痛の最大のリスク因子であることを示したシステマティックレビューです。予防・治療における内転筋群強化の重要性を包括的にまとめています。
3. Neumann(2010) 「Kinesiology of the Hip: A Focus on Muscular Actions」 Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy
内転筋群の股関節姿勢による機能変化(屈曲位では伸展補助、伸展位では屈曲補助)を運動学的に解説しています。
4. Andersson et al.(2017) 「The Copenhagen adduction exercise is more effective in increasing the eccentric hip adduction strength than the slide board exercise」 Knee Surgery, Sports Traumatology, Arthroscopy
コペンハーゲンアダクションがスライドボードエクササイズより内転筋群の遠心性筋力向上に優れることを示し、鼠径部痛予防プログラムとしての優位性を報告しています。
よくある質問
- Q内転筋群を構成する5つの筋肉を教えてください。
- A
恥骨筋・短内転筋・長内転筋・大内転筋・薄筋の5筋です。このうち最大・最強なのが大内転筋、唯一の二関節筋(膝関節もまたぐ)が薄筋です。
- Q内転筋群の主な支配神経は何ですか?
- A
主に閉鎖神経(L2・L3・L4)です。ただし大内転筋の後部(ハムストリングス部)は坐骨神経(L4)、恥骨筋は大腿神経(L2・L3)も関与します。複数の神経が関与する点がポイントです。
- Q大内転筋が「ハムストリングスの仲間」と言われる理由は何ですか?
- A
大内転筋の後部(ハムストリングス部)が坐骨結節から起始し、坐骨神経に支配され、股関節伸展に関与するためです。起始・支配神経・機能のすべてがハムストリングスとほぼ同一です。デッドリフトで「内もも奥が効く」感覚はこの部位の活性化によるものです。
- Q鼠径部痛(グロインペイン)と内転筋群の関係を教えてください。
- A
内転筋群、特に長内転筋の近位部(恥骨付近)の過負荷・損傷が鼠径部痛の主要原因のひとつです。サッカー・ホッケーなど方向転換の多い競技で高頻度に発生します。Tak et al.(2017)は内転筋群の筋力低下が最大のリスク因子であることを示しています。
- Qコペンハーゲンアダクションとはどんな種目ですか?
- A
横向きに寝た状態で上側の脚を台やパートナーに乗せ、下側の脚を上に持ち上げながら内転筋群に負荷をかける種目です。内転筋群の遠心性収縮に特化しており、鼠径部痛の予防・リハビリに最も科学的根拠の強い種目のひとつです。
- Qスモウデッドリフトとノーマルデッドリフトで内転筋群への刺激は違いますか?
- A
異なります。スモウデッドリフトは股関節を大きく外転させたワイドスタンスで行うため、引き上げ動作で内転筋群(特に大内転筋)が股関節を閉じる方向に強く収縮します。ノーマルデッドリフトより内転筋群への刺激が大きくなります。
- Q薄筋が前十字靭帯再建術に使われる理由は何ですか?
- A
薄筋は細長い腱を持ち、採取しても日常動作への影響が比較的小さいためです。半腱様筋腱とセットで採取する「STG法(Semitendinosus-Gracilis graft)」が前十字靭帯再建術の代表的な方法のひとつです。
- Q内転筋群が弱いと歩行にどんな影響がありますか?
- A
中殿筋との協調による骨盤の前額面安定が崩れ、骨盤の左右動揺が増大します。その結果、腰椎・膝関節への負担が増し、腰痛・膝痛・歩行効率の低下につながります。
理解度チェック
問題1.内転筋群の中で唯一の二関節筋はどれですか?
a) 長内転筋 b) 大内転筋 c) 薄筋 d) 恥骨筋
→ 正解:c) 薄筋のみが膝関節をまたぐ二関節筋です。膝関節の屈曲・内旋にも関与します。
問題2.内転筋群の主な支配神経はどれですか?
a) 大腿神経(L2・L3・L4) b) 閉鎖神経(L2・L3・L4) c) 上殿神経(L4・L5・S1) d) 坐骨神経(L4・L5・S1)
→ 正解:b) 内転筋群の主な支配神経は閉鎖神経(L2・L3・L4)です。ただし大内転筋後部は坐骨神経、恥骨筋は大腿神経も関与します。
問題3.大内転筋のハムストリングス部(後部)の起始はどこですか?
a) 恥骨下枝 b) 恥骨結合前面 c) 坐骨結節 d) 腸骨翼外面
→ 正解:c) 大内転筋の後部はハムストリングスと同じ坐骨結節から起始し、坐骨神経に支配され、股関節伸展に関与します。
問題4.鼠径部痛(グロインペイン)が最も起きやすい内転筋群の部位はどれですか?
a) 大内転筋の内転筋結節付近 b) 長内転筋の近位部(恥骨付近) c) 薄筋の膝関節付近 d) 短内転筋の大腿骨粗線付近
→ 正解:b) 長内転筋の近位部(恥骨付近)が最も損傷しやすく、鼠径部痛の主要な発生部位です。
問題5.股関節屈曲位において内転筋群が補助する動作はどれですか?
a) 股関節屈曲 b) 股関節伸展 c) 股関節外旋 d) 股関節外転
→ 正解:b) 内転筋群は股関節の姿勢によって機能が変化し、屈曲位では伸展を補助します。
問題6.コペンハーゲンアダクションが鼠径部痛予防に有効な主な理由はどれですか?
a) 求心性収縮で内転筋群を強化するから b) 内転筋群の遠心性収縮を特化して鍛えるから c) 閉鎖神経を直接刺激するから d) 大腿骨の骨密度を高めるから
→ 正解:b) コペンハーゲンアダクションは遠心性収縮に特化しており、スポーツ動作での急激な負荷への耐性を高めます。
問題7.薄筋の停止部はどこですか?
a) 大腿骨粗線 b) 大腿骨内転筋結節 c) 脛骨内側面(鵞足) d) 腓骨頭
→ 正解:c) 薄筋は脛骨内側面の鵞足に停止します。半腱様筋・縫工筋とともに鵞足を形成します。
覚え方
5筋の覚え方
「恥・短・長・大・薄(ち・たん・ちょう・だい・はく)」 恥骨筋・短内転筋・長内転筋・大内転筋・薄筋
支配神経の覚え方
「内転は閉鎖神経(L2・3・4)が主役、大内転筋の後ろは坐骨神経も加わる」
大内転筋の覚え方
「前はお尻を閉じる(内転)、後ろはハムの仲間(伸展)」 前部=閉鎖神経=内転、後部=坐骨神経=伸展
薄筋の覚え方
「薄いけど膝まで届く唯一の内転筋、鵞足の一員」
まとめ
- 内転筋群は恥骨筋・短内転筋・長内転筋・大内転筋・薄筋の5筋で構成され、股関節内転の主動筋であると同時に、股関節の姿勢に応じて屈曲・伸展を補助する多機能筋群です
- 大内転筋の後部はハムストリングスと起始・神経支配・機能が共通しており、デッドリフト系種目での「内もも奥への刺激」はこの部位が活性化されているためです
- 鼠径部痛の予防・パフォーマンス向上のために、コペンハーゲンアダクションによる遠心性収縮トレーニングとスモウデッドリフト・ワイドスクワットによる機能的強化を組み合わせることが最も科学的根拠に基づいたアプローチです
必須用語リスト
| 用語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 内転筋群 | ないてんきんぐん | 太もも内側の5筋の総称。股関節内転の主動筋です |
| 長内転筋 | ちょうないてんきん | 内転筋群の最表層。鼠径部痛の好発部位です |
| 大内転筋 | だいないてんきん | 内転筋群最大・最強の筋肉。前部と後部で機能が異なります |
| 薄筋 | はっきん | 唯一の二関節筋。鵞足・ACL再建術の移植腱として使われます |
| 恥骨筋 | ちこつきん | 内転筋群の最上部。内転・屈曲に関与します |
| 短内転筋 | たんないてんきん | 長内転筋の深層に位置する内転筋です |
| 閉鎖神経 | へいさしんけい | 内転筋群の主な支配神経(L2・L3・L4)です |
| 股関節内転 | こかんせつないてん | 脚を内側に閉じる動作。内転筋群の主要機能です |
| 鼠径部痛 | そけいぶつう | グロインペイン。内転筋群の損傷が主要原因のひとつです |
| 内転筋結節 | ないてんきんけっせつ | 大腿骨内側顆上部の骨隆起。大内転筋の停止部です |
| 鵞足 | がそく | 薄筋・半腱様筋・縫工筋が停止する脛骨内側の部位です |
| コペンハーゲンアダクション | こぺんはーげんあだくしょん | 内転筋群の遠心性収縮に特化した鼠径部痛予防種目です |
| 内転筋管 | ないてんきんかん | 大内転筋内を走る管状構造。大腿動脈・静脈が通過します |
| スモウデッドリフト | すもうでっどりふと | 大内転筋への刺激が強いワイドスタンスのデッドリフトです |
| 二関節筋 | にかんせつきん | 2つの関節をまたぐ筋肉。内転筋群では薄筋のみです |
| グロインペイン | ぐろいんぺいん | 鼠径部痛の別称。スポーツ選手に多い難治性障害です |


コメント