工場が製品を作るとき、廃棄物も出ます。廃棄物の量が少なければ処理が追いつきますが、生産スピードを上げすぎると廃棄物が溜まり始めます。
体も同じです。
- 運動中、筋肉はエネルギーを作るときに乳酸を副産物として産生します
- 低〜中強度では乳酸の産生量と処理量がバランスしている(溜まらない)
- 運動強度が上がると産生が処理を超え、血中に乳酸が蓄積し始める
- この「溜まり始める転換点」が乳酸閾値(LT)です
LTを超えた運動は長く続けられません。LTを高めることが持久力向上の核心です。
語源
| 単語 | 語源 | 意味 |
|---|---|---|
| Lactate | ラテン語 lac(乳) | 乳酸塩・乳酸 |
| Threshold | 古英語 therscold(踏み越える場所) | 閾値・境界点 |
| Anaerobic | ギリシャ語 an(なし)+ aer(空気)+ bios(生命) | 無酸素の |
| OBLA | Onset of Blood Lactate Accumulation | 血中乳酸蓄積開始点 |
| LT1 / LT2 | Lactate Threshold 1 / 2 | 第一・第二乳酸閾値 |
乳酸閾値(LT)とは、運動強度の増加に伴い血中乳酸濃度が急激に上昇し始める転換点のことです。この境界を超えると「急に息が苦しくなる」「筋肉が焼ける」という感覚が強まります。
解説
乳酸閾値(LT)とは、漸増運動負荷中に血中乳酸濃度が安静時の基準を超えて急激に上昇し始める運動強度の転換点です。%VO₂maxや心拍数、ランニングペースで表現されます。
LT1とLT2(2つの閾値)
現代の運動生理学ではLTを2段階で捉えます。
| 名称 | 別称 | 血中乳酸濃度の目安 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| LT1(第一乳酸閾値) | 有酸素閾値・エアロビックスレショルド | 約2mmol/L | 乳酸が安静時を超えて上昇し始める点。この強度まではほぼ会話ができる。 |
| LT2(第二乳酸閾値) | 無酸素閾値・OBLA・乳酸性作業閾値 | 約4mmol/L | 乳酸が急激に蓄積し始める点。この強度以上は長時間維持が困難。 |
LT1は「ゾーン2トレーニング」の上限、LT2は「テンポ走・閾値トレーニング」の目標強度に相当します。
乳酸が蓄積するメカニズム
乳酸は悪者ではありません(乳酸値の記事参照)。LTで重要なのは乳酸そのものより産生と除去のバランスです。
運動強度が上がる
↓
速筋線維(タイプII)の動員が増加
↓
解糖系(嫌気的代謝)の比率が上昇
↓
ピルビン酸の産生が増加
↓
ミトコンドリアの処理能力を超える
↓
ピルビン酸 → 乳酸への変換が増加
↓
血中乳酸濃度が上昇(LTを超える)
換気性閾値(VT)との関係
LTと同時期に「換気性閾値(Ventilatory Threshold:VT)」も起こります。
| 名称 | 測定方法 | 対応するLT |
|---|---|---|
| VT1(第一換気性閾値) | 換気量・呼吸数の変化パターン | LT1に対応 |
| VT2(第二換気性閾値) | 換気量の急激な増大 | LT2に対応 |
VTはLTと完全に一致するわけではありませんが、血液採取なしに呼気ガス分析だけで近似できるため実用的な指標です。「急に息が苦しくなる」感覚はVT2(≒LT2)を超えたサインです。
LTに影響する要因
| 要因 | LTへの影響 |
|---|---|
| ミトコンドリア密度 | 高いほど乳酸処理能力が高まりLTが上昇 |
| 遅筋線維(タイプI)の比率 | 多いほど有酸素代謝が優位でLTが高い |
| 毛細血管密度 | 高いほど酸素・乳酸の輸送効率が高まる |
| 乳酸輸送体(MCT)の発現 | 多いほど乳酸のシャトル・除去が効率的 |
| トレーニング歴 | 有酸素トレーニングによりLTが高強度側にシフト |
| 遺伝的要因 | 筋線維タイプ比率・VO₂maxなどに影響 |
LTとVO₂maxの関係
LTとVO₂maxは異なる概念ですが、持久力パフォーマンスを決める2大要因です。
| 指標 | 意味 | トレーニングによる変化 |
|---|---|---|
| VO₂max | 最大酸素摂取量(天井の高さ) | 改善しやすいが遺伝的上限あり |
| LT(%VO₂max) | VO₂maxの何%でLTが起こるか(天井の使い方) | トレーニングで大きく改善可能 |
一般人のLT2は約50〜60%VO₂max、エリート持久系アスリートでは85〜90%VO₂maxに達します。同じVO₂maxでもLTが高いほど高強度を長時間維持できます。
主なLT測定方法
| 方法 | 内容 | 特徴 |
|---|---|---|
| 漸増負荷テスト+採血 | 段階的に強度を上げながら血中乳酸を測定 | 最も正確。ラボ環境が必要。 |
| 換気性閾値(VT)法 | 呼気ガス分析でVT1・VT2を同定 | 採血不要。メタボリックカートが必要。 |
| 心拍数による推定 | LTHR(乳酸閾値心拍数)を使った現場推定 | 簡便。精度はやや低い。 |
| 30分TTペース | 30分全力走のペースをLT2の近似値として使用 | フィールドで実用的。 |
| デフレクションポイント法 | 心拍数と運動強度の曲線の変曲点を探す | 精度は中程度。 |
豆知識
ゾーン2トレーニングとLT1
近年注目されている「ゾーン2トレーニング」はLT1以下の強度で行う有酸素運動です。
- LT1以下では主にタイプI(遅筋)が動員され、脂質が主燃料
- ミトコンドリア新生が促進される
- MCT(乳酸輸送体)の発現が増加し、乳酸シャトルが効率化
- 毛細血管密度が向上し、酸素供給・乳酸除去能力が高まる
「会話ができるペース」「鼻呼吸で維持できる強度」がゾーン2の目安です。
テンポ走・閾値トレーニングとLT2
LT2付近の強度で20〜40分間維持するトレーニングがテンポ走(閾値トレーニング)です。
- LT2を直接刺激することで閾値が高強度側にシフトする
- 「快適に不快」(comfortably hard)な強度が目安
- 週1〜2回、全体の10〜15%の割合で取り入れるのが一般的
「OBLAは4mmol/L」は万人に当てはまらない
よく「乳酸閾値は血中乳酸4mmol/L」と言われますが、これは集団平均値であり個人差があります。
- エリートアスリートでは6〜8mmol/Lでもまだ定常状態を保てる選手もいる
- 初心者では2〜3mmol/Lで既に急増するケースもある
- 4mmol/Lはあくまで「目安」であり、個別の測定が理想的
関連論文
| 著者・年 | 内容 | 主な結論 |
|---|---|---|
| Wasserman & McIlroy (1964) | 無酸素閾値(AT)の概念を提唱 | 換気量の急増から「無酸素閾値」を同定。LT概念の礎となった。 |
| Farrell et al. (1979) | LTとマラソンパフォーマンスの関係 | VO₂maxよりもLTのほうがレースタイムとの相関が高いことを示した。 |
| Holloszy & Coyle (1984) | 持久トレーニングとLTの関係をレビュー | 有酸素トレーニングによりミトコンドリア密度・毛細血管密度が増加しLTが改善することを示した。 |
| Seiler & Kjerland (2006) | エリートアスリートのトレーニング強度分布 | エリート選手の約80%は低強度(LT1以下)、約20%は高強度(LT2以上)で練習する「80/20ルール」を提唱。 |
| Iannetta et al. (2020) | LT1・LT2・VT1・VT2の対応関係を検証 | LT1はVT1に、LT2はVT2に概ね対応するが完全には一致しないことを確認。 |
よくある質問
- Q乳酸閾値と無酸素閾値は同じですか?
- A
ほぼ同じ概念を指すことが多いですが、厳密には異なります。「無酸素閾値(Anaerobic Threshold:AT)」は換気性閾値から推定されることが多く、乳酸閾値は血中乳酸測定から求めます。現代の運動生理学では「無酸素閾値」という用語は正確性の観点から使われなくなりつつあり、LT1・LT2という表現が主流です。
- QLTを高めるにはどんなトレーニングが効果的ですか?
- A
2種類のアプローチが有効です。①ゾーン2トレーニング(LT1以下の低強度・長時間)でミトコンドリア・毛細血管を増やす基盤作り、②閾値トレーニング(LT2付近の強度で20〜40分)でLT2を直接高強度側にシフトさせる、の組み合わせが最も効果的とされています。
- QLTはVO₂maxとどちらが重要ですか?
- A
中〜上級者の持久力パフォーマンスには、VO₂maxよりLTのほうが相関が高いとされています(Farrell et al., 1979)。VO₂maxは「天井の高さ」、LTは「その天井をどれだけ使えるか」を示すためです。初心者はまずVO₂maxを高め、中級者以上はLTの改善に注力するのが効率的です。
- Q乳酸値が高いと疲れやすいのですか?
- A
乳酸値自体は疲労の直接原因ではありません(乳酸値の記事参照)。疲労の主因は乳酸産生時に同時に増加するH⁺(水素イオン)による筋内pHの低下です。乳酸値は「疲労が近づいているサイン」として有用な指標ですが、乳酸が疲れを引き起こすわけではありません。
- Qマラソン30kmの壁はLTと関係がありますか?
- A
直接的にはグリコーゲン枯渇が主因ですが、LTも間接的に関係します。LTが低いとグリコーゲン依存度が高くなるため、早期に枯渇しやすくなります。LTを高めることで脂質をより多く燃料として使えるようになり、グリコーゲンの節約が可能です。
- Q心拍数でLTを推定できますか?
- A
推定可能です。LTHR(乳酸閾値心拍数)は30分間の全力タイムトライアルの平均心拍数を目安とする方法がよく使われます。ただし採血による測定と比較して精度は落ちるため、本格的なトレーニング管理には定期的な乳酸テストが推奨されます。
- Q筋トレはLTに影響しますか?
- A
直接的な影響はVO₂maxや持久系トレーニングに比べて小さいですが、間接的に影響する可能性はあります。筋力トレーニングにより遅筋線維の機能が高まる・サブスレショルドでの省エネ化が起きるなどが報告されています。持久系競技においても、最低限の筋力トレーニングは効率改善に有益とされています。
理解度チェック
問題1:乳酸閾値(LT)の定義として最も正しいものはどれか?
① 血中乳酸濃度が常に4mmol/Lを超える強度
② 漸増運動中に血中乳酸濃度が急激に上昇し始める運動強度の転換点
③ 最大酸素摂取量(VO₂max)に達する強度
④ 無酸素代謝が完全に停止する強度
正解:② 解説:LTは「乳酸が急激に上昇し始める転換点」です。4mmol/Lは集団平均の目安であり、個人差があります。VO₂maxとは別の概念です。
問題2:LT1(第一乳酸閾値)の特徴として正しいものはどれか?
① 血中乳酸が約4mmol/Lになる点
② 会話が全くできなくなる強度
③ 乳酸が安静時を超えて上昇し始める点(約2mmol/L)
④ VO₂maxの90%以上に相当する強度
正解:③ 解説:LT1は血中乳酸が約2mmol/L付近で安静時を超えて上昇し始める点です。この強度までは比較的会話ができます。LT2(約4mmol/L)との区別が重要です。
問題3:エリート持久系アスリートのLT2は%VO₂maxのどの程度か?
① 約30〜40%
② 約50〜60%
③ 約70〜80%
④ 約85〜90%
正解:④ 解説:一般人のLT2は約50〜60%VO₂maxですが、エリート持久系アスリートでは85〜90%VO₂maxに達します。同じVO₂maxでもLTが高いほど高強度を維持できます。
問題4:ゾーン2トレーニングが主に適応させる生理的要素として正しいものはどれか?
① 最大筋力の向上
② ミトコンドリア新生・毛細血管密度の向上
③ 瞬発系の神経適応
④ 無酸素性ATP産生能力の向上
正解:② 解説:ゾーン2(LT1以下)の低強度有酸素トレーニングは、ミトコンドリア新生・毛細血管密度向上・MCT発現増加など有酸素代謝基盤の強化に最も効果的です。
問題5:Farrell et al.(1979)の研究で示されたことはどれか?
① VO₂maxがマラソンタイムの最良の予測因子である
② LTはVO₂maxよりもマラソンパフォーマンスとの相関が高い
③ LTと体重は無関係である
④ ゾーン2トレーニングは効果がない
正解:② 解説:Farrell et al.(1979)は、LTがVO₂maxよりもマラソンのレースタイムと高い相関を示すことを報告しました。中上級者ではLTが持久力の重要指標となります。
問題6:閾値トレーニング(テンポ走)の目標強度として正しいものはどれか?
① LT1以下(ゾーン2)
② LT2付近
③ VO₂max強度(最大心拍数の95〜100%)
④ 安静時心拍数の110%
正解:② 解説:閾値トレーニング(テンポ走)はLT2付近の強度で20〜40分維持するトレーニングです。「快適に不快」な強度が目安で、LT2を直接刺激して高強度側にシフトさせることを目的とします。
問題7:換気性閾値(VT2)と乳酸閾値の関係として正しいものはどれか?
① VT2はLT1に対応する
② VT2はLT2に概ね対応する
③ VT2とLTは全く無関係である
④ VT2はVO₂maxと同じ強度で起こる
正解:② 解説:VT2(換気量が急激に増大する点)はLT2(血中乳酸が急増する点)に概ね対応します。完全一致はしませんが、採血なしにLT2を近似できる実用的な指標です。
覚え方
【LT1とLT2の覚え方】
LT1 =「まだ話せる」= 約2mmol/L = ゾーン2の上限 LT2 =「もう話せない」= 約4mmol/L = テンポ走の目標
「2と4」で覚える: LT1 → 2mmol/L → 2文字「LT」の最初の閾値 LT2 → 4mmol/L → 2×2=4
【フロー図:強度とLTの関係】
低強度(LT1以下) → 乳酸産生=除去 バランス取れている → ゾーン2 ↓ 強度アップ 中強度(LT1〜LT2) → 乳酸産生>除去 少しずつ蓄積 → テンポゾーン ↓ 強度アップ 高強度(LT2以上) → 乳酸が急増 長時間維持不能 → インターバルゾーン
【VO₂maxとLTの違いを一言で】
VO₂max = エンジンの排気量(天井) LT = そのエンジンを何%で使えるか(効率)
「排気量が同じでも、燃費が良いほど速く走れる」
まとめ
- LTとは:漸増運動中に血中乳酸が急激に上昇し始める転換点。
- LT1(約2mmol/L)とLT2(約4mmol/L)の2段階で捉えるのが現代的。
- LT2の個人差:一般人は約50〜60%VO₂max、エリート選手では85〜90%VO₂maxに達する。4mmol/Lは平均的目安であり個人差が大きい。
- トレーニングでの活用:ゾーン2(LT1以下)でミトコンドリア・毛細血管を強化し、閾値トレーニング(LT2付近)でLT2を高強度側にシフトさせる。
- VO₂maxより重要な場面も:中上級者では、VO₂maxよりLTのほうが持久力パフォーマンスと強く相関する(Farrell et al., 1979)。
- 乳酸は疲労の原因ではない:LT上昇時の疲労感の主因はH⁺によるpH低下。乳酸値は「疲労が近づくサイン」として使う。
必須用語リスト
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 乳酸閾値(LT) | 漸増運動中に血中乳酸が急増し始める運動強度の転換点。 |
| LT1(第一乳酸閾値) | 血中乳酸が安静時を超えて上昇し始める点。約2mmol/L。ゾーン2の上限。 |
| LT2(第二乳酸閾値) | 乳酸が急激に蓄積し始める点。約4mmol/L。テンポ走・閾値トレーニングの目標強度。 |
| OBLA | Onset of Blood Lactate Accumulation。血中乳酸蓄積開始点。LT2とほぼ同義。 |
| 換気性閾値(VT) | 換気量の変化パターンからLTを推定する指標。VT1≒LT1、VT2≒LT2。 |
| ゾーン2 | LT1以下の低強度有酸素トレーニングゾーン。ミトコンドリア新生に最適。 |
| 閾値トレーニング | LT2付近の強度で20〜40分維持するトレーニング。テンポ走とも呼ぶ。 |
| ミトコンドリア新生 | トレーニング刺激によりミトコンドリアが増加する適応。LT向上の主要メカニズム。 |
| MCT(乳酸輸送体) | Monocarboxylate Transporter。乳酸を細胞内外に輸送するタンパク質。 |
| Lactate Shuttle | 乳酸が筋肉・肝臓・心臓間を輸送されてエネルギー源として利用される経路。 |
| LTHR | Lactate Threshold Heart Rate。乳酸閾値に対応する心拍数。 |
| 80/20ルール | エリート選手の約80%を低強度・約20%を高強度で練習する強度分布(Seiler & Kjerland, 2006)。 |
| H⁺(水素イオン) | 解糖系亢進時に増加し筋内pHを低下させる。疲労感の本当の原因。 |
| 漸増負荷テスト | 段階的に運動強度を上げながら各種生理指標を測定するテスト。LT測定の標準法。 |
| VO₂max | 最大酸素摂取量。LTと並ぶ持久力の2大指標。LTは「VO₂maxの何%で閾値が起きるか」で表現される。 |


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