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期待違反法(Violation-of-Expectation Method)

発達・教育

期待違反法(Violation-of-Expectation Method)とは、乳児に「ありえる出来事」と「ありえない出来事」を見せ、ありえない出来事のほうを長く見つめるかを調べることで、ことばを話せない赤ちゃんが世界についてどんな期待(知識)をもっているかを推測する研究法です。期待違反パラダイム(VOE)とも呼ばれます。

簡単な説明

手品で箱に入れたはずのコインが消えたり、ボールが壁をすり抜けたりしたら、思わず目がくぎづけになりますね。予想が裏切られると、人はそれをじっと見てしまいます。

赤ちゃんは「びっくりした」と言えません。そこで研究者は、小さな「手品」で次のように調べます。

  1. ふつうに起こる出来事(可能事象)と、起こるはずのない出来事(不可能事象)を見せる
  2. それぞれをどれくらい長く見たか(注視時間)を測る
  3. 不可能事象のほうを長く見たら、赤ちゃんの中に「こうなるはず」という期待があったと考える

由来

土台は、乳児の「見る」行動を指標にしたRobert L. Fantzの研究です。それを発展させ、Renée Baillargeon、Elizabeth S. Spelke、Stanley Wassermanが1985年に発表した「跳ね橋(drawbridge)実験」が、期待違反法の代表的な出発点です。

年主なできごと
1963年Fantz:生後5日未満の新生児が無地より白黒の模様を長く見る(選好注視)
1964年Fantz:くり返し見た模様への注視が、新しい模様より減る(馴化)
1985年Baillargeon, Spelke, & Wasserman:生後5か月児の対象の永続性を跳ね橋実験で検討
1992年Karen Wynn:生後5か月児の「足し算・引き算」を報告

具体的な説明

選好注視法・馴化法との違い

3つとも「注視時間」を使いますが、何を問うのかが違います。選好注視法と馴化法は主に「2つを区別できるか」を、期待違反法は「出来事について何を予期しているか」を調べます。

比較項目選好注視法馴化法(馴化-脱馴化法)期待違反法
手続き2つの刺激を同時に並べて見せる同じ刺激をくり返し見せて注視が減ったあと(馴化)、新しい刺激を見せる可能事象と不可能事象を見せる(前に馴化段階を置くこともある)
注目する反応どちらを長く見るか新しい刺激で注視が回復するか(脱馴化)不可能事象を長く見るか
わかること2つを区別できる、好みがある前の刺激と新しい刺激を区別できる物理・数などについての期待(知識)がある

ピアジェの対象の永続性との関係

Jean Piagetは、布の下に隠したおもちゃを赤ちゃんが手で探すかどうかで対象の永続性を調べ、感覚運動期の第4段階(おおむね生後8〜12か月)に、隠された物を探し出せるようになると考えました。

一方、期待違反法は手を伸ばす力がなくても、見るだけで答えられます。跳ね橋実験は生後5か月でも隠れた物を表象している可能性を示し、「ピアジェは乳児の能力を低く見積もっていたのでは」という議論を呼びました。探索課題の失敗は、知識がないからではなく行動で示せないからかもしれない、という見方です。

注視時間の解釈をめぐる批判

「長く見た → 驚いた → 知識がある」という推論には、ほかの説明が入りこむ余地があります。

批判内容主な研究
知覚的な説明「ありえるか」ではなく、刺激の新しさ・なじみ深さや動きの量に反応しているだけかもしれないBogartz, Shinskey, & Speaker(1997)、Rivera, Wakeley, & Langer(1999)
再現性Wynn(1992)の手続きで追試したところ、足し算・引き算の系統的な証拠が得られなかった(Wynnは同じ号で反論)Wakeley, Rivera, & Langer(2000)
別の説明数の概念ではなく、隠れた物を追跡しているだけかもしれないBremnerら(2017)

そこで、知覚的な要因(新奇・なじみ)と概念的な要因(可能・不可能)を別々に操作する要因計画や、瞳孔の大きさ・視線の動きなど他の指標を組み合わせる工夫が進みました(Jackson & Sirois, 2009など)。

実験や観察の方法と結論

跳ね橋実験(Baillargeon, Spelke, & Wasserman, 1985)

方法:生後5か月児に、板(スクリーン)が跳ね橋のように180度回転する動きを、見飽きるまでくり返し見せます(馴化)。次に板の奥に箱を置き、2つのテスト事象を見せます。

テスト事象板の動き動きとしては
可能事象箱に当たる位置(約112度)で止まる新しい
不可能事象180度まで回転し、あるはずの箱をすり抜けたように見える見慣れた

結論:乳児は見慣れた動きの不可能事象を長く見ました。新しさだけなら112度を長く見るはずなので、この結果は「隠れても箱はそこにある」と表象していた証拠と解釈されました。

反論:Riveraら(1999)は、箱のない条件でも乳児が180度の回転を長く見たことから、「動きの多いほうを好む」知覚的な選好で説明できると主張しました。

足し算・引き算(Wynn, 1992)

方法:生後5か月児の前に小さな物を1つ置き、ついたてで隠します。そこへもう1つ加える様子を見せ(1+1)、ついたてを取ると、物が2つ(正しい結果)または1つ(正しくない結果)あります。引き算(2−1)も同じように調べます。

結論:乳児は正しくない結果(1+1=1、2−1=2)を長く見ました。Wynnは、人が生まれつき計算の能力をそなえていることを示唆すると主張しました。

反論:追試の不一致に加え、Bremnerら(2017)は視線計測を組み合わせ、2−1=2の場面で乳児が余分に残っている物を選んで見ていたことを報告しました。これは数の概念より、物の追跡で説明しやすい結果です。

例文

「1つ増えたはずなのに1つしかない場面を乳児が長く見たことから、期待違反法で数の理解を推測しました。」

「期待違反法の結果は、注視時間の差が刺激の新しさや動きの量で生じていないかを確かめてから解釈します。」

疑問

Q: 期待違反法でピアジェの理論は否定されたのですか?

A: そこまでは言えません。ピアジェの想定より早く理解が芽生えている可能性を示しましたが、注視時間の解釈には批判もあります。「手で探す」行動の発達という観察そのものは今も大切です。

Q: 長く見るのは、必ず「驚いた」からなのですか?

A: そうとは限りません。新しさ、なじみ深さ、動きの多さなども注視時間を変えます。そのため統制条件を置き、瞳孔などの指標とも照らし合わせて解釈します。

Q: 馴化法と期待違反法は、同じ実験で一緒に使われるのですか?

A: はい、あります。跳ね橋実験も、まず板の動きに馴化させてからテスト事象を見せました。ただし問うもの(区別か予期か)が違います。

理解度を確認する問題

問題1. 乳児に物理的にありえる事象とありえない事象を見せ、ありえない事象への注視時間が長いことから、乳児がもつ知識を推測する研究法として、最も適切なものはどれか。

  • A. 選好注視法
  • B. 馴化-脱馴化法
  • C. 期待違反法
  • D. ピアジェの探索課題

正解:C 「ありえない事象を長く見る」ことを指標にするのが期待違反法です。Aは2つの刺激を同時に見せて好みや区別を調べる方法です。Bはまぎらわしいですが、見慣れた刺激と新しい刺激を区別できるかを調べる方法で、問うものが違います。Dは手で探すかを見る課題です。


問題2. Baillargeon, Spelke, & Wasserman(1985)の跳ね橋実験に関する説明として、最も適切なものはどれか。

  • A. 乳児は、板が箱に当たって止まる可能事象のほうを長く見た
  • B. 乳児が隠された物を手で探すかどうかを指標とした
  • C. 生後5か月児が、見慣れた180度の動きである不可能事象を長く見たことから、隠れた箱の存在を表象していると解釈された
  • D. 生後5か月児が簡単な足し算・引き算の結果を予期できることを示した

正解:C 見慣れた動きの不可能事象を長く見た点が重要です(新しさだけなら可能事象を長く見るはず)。Aは逆です。Bはピアジェの探索課題の説明で、跳ね橋実験は注視時間を指標にしています。DはWynn(1992)の研究で、研究者の取り違えが問われやすい点です。


問題3. 期待違反法に対する批判や、その後の研究に関する説明として、最も適切なものはどれか。

  • A. Wynn(1992)の結果は追試でも一貫して確認され、乳児の計算能力をめぐる議論は決着した
  • B. 注視時間の差が、事象の新しさや動きの量など知覚的な要因によって生じている可能性がある
  • C. 手を伸ばす運動能力が必要なため、乳児の知識を過小評価しやすい
  • D. 箱のない条件では、乳児は180度の回転を長く見なかったため、知覚的な選好による説明は否定された

正解:B Bogartzら(1997)やRiveraら(1999)が示した知覚的な説明です。Aは誤りで、Wakeleyら(2000)の追試では系統的な証拠が得られていません。Cはまぎらわしいですが、ピアジェの探索課題への批判で、期待違反法はむしろその問題を避ける方法です。Dは逆で、Riveraら(1999)では箱がなくても180度を長く見たため、知覚的な選好の説明が支持されました。

関連キーワード

関連論文

まずこの1本

Baillargeon, R., Spelke, E. S., & Wasserman, S.(1985)Object permanence in five-month-old infants. Cognition, 20(3), 191–208.

跳ね橋実験で生後5か月児が隠れた物を表象している可能性を示した、期待違反法の代表的な論文です。試験対策としては、注視時間を指標にすること、不可能事象は動きとしては見慣れたものだったこと、ピアジェの探索課題より早い時期の能力を示唆したこと、知覚的選好による反論(Riveraら, 1999)をセットで押さえましょう。

https://doi.org/10.1016/0010-0277(85)90008-3

その他の参考文献

Margoni, F., Surian, L., & Baillargeon, R.(2024)“The violation-of-expectation paradigm: A conceptual overview.” Psychological Review, 131(3), 716–748.

概要 35年以上、生後3年間の期待の発達を調べてきた期待違反法について、考え方の変化、脳や行動の新しい指標、強みと限界、これまでの批判をまとめた総説です。物理・心理・数・言語など扱う領域の広さもわかります。

https://doi.org/10.1037/rev0000450

ほそめがねのひとこと

赤ちゃんが何かをじっと見つめている場面を見て、「何を考えているんだろう」と思ったことはありますか?

覚え方

①3つの方法:「並べて選好、飽きさせ馴化、手品で期待違反」。

②研究者:「跳ね橋はBaillargeon、1+1はWynn」。跳ね橋(対象の永続性)と1+1(数)を研究者とセットで覚えましょう。

③ピアジェとの違い:「ピアジェは手、期待違反は目」。手で探せなくても、目は先に知っているかもしれない、というのがこの方法の発想です。

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