過労死(Karoshi)とは、仕事の重い負担が原因で、脳や心臓の病気で亡くなったり、強いストレスで心の病気になり自ら命を絶ったり(過労自殺)することです。日本の法律では、亡くなるまでに至らない病気も含めて「過労死等」と呼び、国全体で防止に取り組むことが定められています。
簡単な説明
スマホの充電を思い浮かべてください。夜に充電すれば翌朝には元どおりですが、充電の時間がないまま使い続けると、ついには電源が落ちてしまいます。
人の体と心も同じです。長時間労働で睡眠や休みが削られると、疲れが回復しきらずに積み重なります。その結果、脳出血や心筋梗塞で亡くなるのが過労死、疲れと強いストレスでうつ病などになり、「もう消えてしまいたい」と追いつめられて命を絶つのが過労自殺です。
これを「本人の弱さ」ではなく、働き方を変えれば防げる職場の問題としてとらえるのが、今の考え方です。
由来
日本では1970年代から、仕事のあり方と、脳や心臓の病気による突然死との関係が議論されてきました。1982年にはTetsunojo Uehata(上畑鉄之丞)らが、『過労死:脳・心臓系疾病の業務上認定と予防』という本を出しています。海外の研究でも、この現象は日本語のまま karoshi と紹介されています。
| 年 | 主なできごと |
|---|---|
| 1982年 | 上畑・田尻編『過労死』刊行 |
| 1999年 | 精神障害による自殺の取扱いの通達 |
| 2000年 | 電通事件の最高裁判決 |
| 2014年 | 過労死等防止対策推進法(11月施行) |
| 2021年 | 脳・心臓疾患の認定基準を改正(9月) |
| 2023年 | 精神障害の認定基準を改正(9月) |
具体的な説明
法律上の定義
過労死等防止対策推進法 第2条は、「過労死等」を次のように定めています。毎年11月は「過労死等防止啓発月間」です。
| 原因 | 亡くなった場合 | 亡くならなかった場合 |
|---|---|---|
| 業務における過重な負荷 | 脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡(過労死) | 脳血管疾患・心臓疾患も含む |
| 業務における強い心理的負荷 | 精神障害を原因とする自殺による死亡(過労自殺) | 精神障害も含む |
労災認定基準と時間外労働の目安
| 比較項目 | 脳・心臓疾患(2021年改正) | 精神障害(2023年改正) |
|---|---|---|
| 考え方 | 業務の過重負荷で血管病変などが自然経過を超えて著しく悪化 | ストレス-脆弱性理論 |
| 時間外労働の目安 | 月おおむね45時間を超えると関連性が徐々に強まる。発症前1か月におおむね100時間、または2〜6か月平均でおおむね80時間を超えると関連性が強い | 発病直前1か月におおむね160時間を超える極度の長時間労働はそれだけで「強」。月100時間程度の恒常的長時間労働は、他の出来事の評価を強める |
| 改正の主な点 | 労働時間以外の負荷(勤務間インターバルが短い勤務、心理的・身体的負荷など)との総合評価。「重篤な心不全」を追加 | カスタマーハラスメントや感染症などの危険がある業務を出来事に追加 |
ここでいう時間外労働は、1週間あたり40時間を超えて働いた時間です。精神障害の認定要件は、①対象疾病を発病している、②発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷がある、③業務以外の心理的負荷や個体側要因で発病したとは認められない、の3つです。
過労自殺のしくみと認定
精神障害の認定基準は、数週間にわたり最低限の睡眠時間も確保できないほどの極度の長時間労働は心身を極度に疲れさせ、うつ病等の原因になるとしています。長時間労働は一般に精神障害の準備状態をつくる要因ともしています。
強い心理的負荷(長時間労働・ハラスメントなど)→ 睡眠不足と疲弊 → うつ病などの発病 → 正常な判断や、自殺を思いとどまる力が損なわれる → 自殺
そのため、業務によりICD-10のF0〜F4に分類される精神障害を発病した人が自殺を図った場合、正常の認識や行為選択能力、自殺を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害された状態にあったと推定し、業務起因性を認めます。判断の中心は、自殺の前の精神障害の発病が業務によるものかです。
治療歴がない場合も、うつ病のように周りが気づきにくい病気があることに留意し、関係者からの聞き取りなどをもとに医学的に発病を判断します。発病の時期がはっきりしなくても、遅くとも自殺日までには発病していたものと扱います。令和7年度の精神障害の労災支給決定は1,082件で、うち自殺(未遂を含む)は76件でした。
電通事件最高裁判決(2000年)
入社2年目の社員が長時間労働の末にうつ病になり自殺した事件で、最高裁は2000年3月24日、使用者は業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと述べました。さらに、本人の性格が通常想定される範囲内なら、それを理由に賠償額を減らす(過失相殺する)ことはできないと判断しました。
産業心理学の視点と予防
職業性ストレスモデルのうちRobert Karasekの仕事の要求度-コントロールモデルが示すように、仕事量が多く裁量が小さい状態は、強いストレス反応につながります。時間だけでなく、人間関係や裁量にも目を向ける必要があります。
| 制度(労働安全衛生法) | 内容 |
|---|---|
| 長時間労働者の面接指導 | 時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる人が申し出たとき、医師が面接指導を行う |
| ストレスチェック制度 | 年1回の検査で本人のストレスへの気づきを助け、未然防止(一次予防)を主な目的とする。高ストレス者が申し出れば医師が面接指導を行い、集団分析で職場環境の改善につなげる。50人未満の事業場は現在努力義務で、2028年4月1日から義務 |
実験や観察の方法と結論
Mika Kivimäkiらは2015年、欧州・米国・オーストラリアの25研究をまとめたメタ分析を行いました。週55時間以上働く人は、週35〜40時間の人に比べて脳卒中のリスクが約1.33倍、冠動脈疾患は約1.13倍でした。脳卒中では、労働時間が長いほどリスクが高まる量-反応関係も見られました。日本のデータは含まれていない点に注意しましょう。
https://doi.org/10.1016/S0140-6736(15)60295-1
例文
「月100時間近い残業が続く部署で、会社は過労死を防ぐため業務量を見直しました。」
「長時間労働の末にうつ病になり、自ら命を絶った社員について、遺族は過労自殺として労災を請求しました。」
疑問
Q: 過労自殺は、本人の心が弱かったからではないのですか?
A: そうは考えません。認定基準のストレス-脆弱性理論では、心理的負荷が非常に強ければ、脆弱性が小さい人でも精神的な破綻が起こると考えます。電通事件の最高裁判決も、通常の範囲内の性格を理由に会社の責任を軽くすることを認めませんでした。
Q: 残業が少なければ、心の病気の心配はないのですか?
A: いいえ。令和7年度の精神障害の労災支給決定は、出来事別で「上司等からのパワーハラスメント」(222件)が最多で、次いで顧客などからの著しい迷惑行為とセクシュアルハラスメントが各127件でした。人間関係も大きな負荷です。
Q: ストレスチェックの結果は、会社に知られてしまうのですか?
A: 結果は医師などから本人に通知され、本人の同意なく事業者に提供してはいけないと法律で決まっています。面接指導の申出を理由とする不利益な取扱いも禁止です。
理解度を確認する問題
問題1. 過労死等防止対策推進法における「過労死等」に関する説明として、最も適切なものはどれか。
- A. 業務による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡に限られ、自殺は含まれない
- B. 精神障害を原因とする自殺による死亡は含むが、死亡に至らない精神障害は含まない
- C. 死亡に至らない脳血管疾患・心臓疾患・精神障害も含まれる
- D. 毎年9月を「過労死等防止啓発月間」と定めている
正解:C Aは誤りで、精神障害を原因とする自殺による死亡も含みます。Bはまぎらわしいですが誤りで、死亡に至らない場合は脳・心臓疾患だけでなく精神障害も含みます。Dは誤りで、啓発月間は11月です。
問題2. 脳・心臓疾患の労災認定基準(2021年改正)に関する説明として、最も適切なものはどれか。
- A. 時間外労働が月45時間を超えれば、それだけで業務と発症との関連性が強いと評価される
- B. 発症前1か月におおむね100時間、または発症前2〜6か月にわたり月おおむね80時間を超える時間外労働は、関連性が強いと評価される
- C. 判断は労働時間だけで行い、勤務間インターバルなど労働時間以外の負荷は考慮しない
- D. 時間外労働時間数は、1日8時間を超えて働いた時間の合計で数える
正解:B Aは誤りで、45時間は「超えると関連性が徐々に強まる」目安です。Cは誤りで、2021年改正は労働時間と労働時間以外の負荷要因の総合評価を明確にしました。Dはまぎらわしいですが誤りで、1週間あたり40時間を超えた時間で数えます。
問題3. 過労自殺の労災認定や裁判に関する説明として、最も適切なものはどれか。
- A. 電通事件の最高裁判決は、まじめで責任感の強い性格が損害の拡大に寄与したとして、大幅な過失相殺を認めた
- B. 発病直前1か月におおむね100時間を超える時間外労働があれば、それだけで心理的負荷は「強」と評価される
- C. 精神障害の治療歴がない自殺事案は、発病を確認できないため業務上とは認められない
- D. 業務により精神障害を発病した人が自殺を図った場合、自殺を思いとどまる力などが著しく阻害された状態にあったと推定される
正解:D Aは誤りで、通常の範囲内の性格を理由に賠償額を減らすことはできないとしました。Bはまぎらわしいですが誤りで、それだけで「強」になるのは160時間です。100時間は他の出来事の評価を強める「恒常的長時間労働」の目安です。Cは誤りで、治療歴がなくても聞き取りなどから医学的に発病を判断します。
関連キーワード
- 過労死等防止対策推進法
- 安全配慮義務
- ストレス-脆弱性理論(Stress-Vulnerability Model)
- ストレスチェック制度
- バーンアウト(燃え尽き症候群)
- 産業・組織心理学(Industrial-Organizational Psychology)
関連論文
まずこの1本
Nishiyama, K., & Johnson, J. V.(1997)Karoshi—Death from overwork: Occupational health consequences of Japanese production management. International Journal of Health Services, 27(4), 625–641.
日本型の生産管理(欧米でいう「リーン生産方式」)と、脳・心臓の病気による過労死との関係を論じた英語の総説です。要求度が高く、裁量や社会的支援が少ないジョブ・ストレインが、過労死につながる経路になりうると論じています。試験対策としては、過労死を個人の問題ではなく仕事の組織や管理のあり方の問題としてとらえる視点と、要求度-コントロール(-サポート)モデルとの結びつきを押さえましょう。
https://doi.org/10.2190/1JPC-679V-DYNT-HJ6G
ほそめがねのひとこと
「過労死」や「過労自殺」という言葉を初めて聞いたのはいつ、どんなきっかけでしたか?
この記事を読んで、職場や身近な人に伝えたいと思ったことは何ですか?
覚え方
①定義:「脳・心臓・こころ、死ななくても過労死等」。脳血管疾患・心臓疾患・精神障害の3つで、死亡に至らないものも含みます。
②脳・心臓の目安:「ひと月ヒャク、ならしてハチマル」。発症前1か月100時間、2〜6か月平均80時間です。月80時間は医師の面接指導の目安でもあります。
③精神障害:「イチロク(160)は一発で強、ヒャクは積み重ね」。160時間超はそれだけで「強」、月100時間は恒常的長時間労働です。


コメント