意思決定(Decision Making)とは、いくつかの選択肢の中から、目的に合わせて一つを選びとる心のはたらきです。心理学では、「人はどう決めるべきか」を示す規範的理論と、「人は実際にどう決めているか」を調べる記述的理論を区別して学びます。
試験では、期待効用理論(規範)と、限定合理性(Simon)・ヒューリスティクス(Tversky & Kahneman)・プロスペクト理論・二重過程理論(記述)の対応関係がくり返し問われます。
簡単な説明
コンビニでお昼ごはんを選ぶ場面を思い浮かべてください。値段、量、カロリー、好みなど、比べたい点はたくさんあります。すべての商品をすべての点で採点していたら、昼休みが終わってしまいますね。
実際には、多くの人が「500円以内で、おなかがふくれれば十分」と、合格ラインを満たすものが見つかった時点で決めています。時間も頭の力も限られている人間にとって、これはとても現実的なやり方です。
ただし、この「近道」には落とし穴もあります。同じ手術でも「100人中90人が助かる」と「100人中10人が亡くなる」とでは、中身は同じなのに受けとめ方が変わります。テストの80点も、目標が70点なら喜び、90点なら落ちこみますね。人は結果そのものより「基準より上か下か」で感じ方が変わるのです。
このように、人の決め方には、理屈どおりの計算からずれる「くせ」が規則的に現れます。「どう決めるべきか」というお手本(規範)と、「実際どう決めているか」(記述)を比べるのが、意思決定の心理学です。
由来
「どう選ぶのが合理的か」という問いは数学や経済学で発展し、そこに心理学の実験が加わって行動経済学が生まれました。
| 年 | 主なできごと |
|---|---|
| 1738年 | Daniel Bernoulliが、お金の価値(効用)は金額に比例せず、増えるほど増え方がゆるやかになると論じる(サンクトペテルブルクのパラドックスへの答え)。英訳は1954年にEconometrica誌に掲載 |
| 1944年・1947年 | John von NeumannとOskar Morgensternが『Theory of Games and Economic Behavior』を刊行。1947年の第2版の付録で、期待効用を公理から導く |
| 1955・1956年 | Herbert A. Simonが、限定合理性のもとでの選択のしくみとして、探索と満足化(satisficing)を論じる |
| 1974年 | Amos TverskyとDaniel KahnemanがScience誌で、代表性・利用可能性・アンカリングと調整の3つのヒューリスティクスをまとめる |
| 1978年 | Simonがノーベル経済学賞を受賞(経済組織における意思決定過程の先駆的研究) |
| 1979年 | KahnemanとTverskyがEconometrica誌でプロスペクト理論を発表 |
| 1981年 | 同2人がScience誌でフレーミング効果(アジアの病気問題)を報告 |
| 1992年 | 同2人が累積プロスペクト理論を発表 |
| 2002年 | Kahnemanがノーベル経済学賞を受賞(心理学の知見を経済学に統合した功績)。共同研究者のTverskyはすでに死去 |
具体的な説明
規範的理論と記述的理論
2つはどちらが正しいかではなく、目的が違う理論です。規範的理論は「物差し」で、記述的理論は、その物差しから人がどの方向に、どれくらい、なぜずれるのかを説明します。
| 比較項目 | 規範的理論(normative theory) | 記述的理論(descriptive theory) |
|---|---|---|
| 問い | 人はどう決めるべきか | 人は実際にどう決めているか |
| 代表的な理論 | 期待値理論、期待効用理論(von Neumann & Morgenstern)、主観的期待効用理論(Savage) | 限定合理性・満足化(Simon)、ヒューリスティクスとバイアス、プロスペクト理論(Kahneman & Tversky)、二重過程理論 |
期待値から期待効用へ(規範的理論)
結果が確率的に決まる選択(リスク下の意思決定)を考えます。いちばん単純な基準は期待値(金額×確率の合計)です。「確実に5,000円もらえる」と「50%の確率で10,000円、50%で0円」は、どちらも期待値は5,000円です。それでも多くの人は確実な5,000円を選びます。
Bernoulliは、期待値が無限大なのに誰も大金を払って参加しない賭け(サンクトペテルブルクのパラドックス)への答えとして、人は金額ではなく主観的な価値(効用)で判断すると考えました。お金が増えるほど1円のありがたみは小さくなる(限界効用の逓減)ので、効用のグラフは上に凸(凹関数)になり、確実なほうを好むリスク回避が説明できます。
von NeumannとMorgensternは、選好が一定の公理(現在の教科書では完備性・推移性・連続性・独立性などとして整理されます)を満たすなら、その人は効用×確率の合計(期待効用)が最大になる選択肢を選んでいるとみなせることを示しました。これが期待効用理論です。Savageはこれを、確率も主観的な見積もりでよいとする主観的期待効用(SEU)理論へ広げました。
しかし、確実なものを特に重く見るアレのパラドックス(Allais, 1953:独立性の公理に反する)や、確率がわからない賭けを避けるエルズバーグのパラドックス(Ellsberg, 1961:あいまいさ回避)のように、人が公理を破る例が見つかり、記述的理論が発展しました。
限定合理性と満足化(Simon)
Herbert A. Simonは、経済学が前提とする「すべてを知り、すべてを計算できる人間」を批判しました。現実の人は、すべての選択肢を知ることも、すべての結果を計算することもできません。人の合理性は、こうした限界の中ではたらく限定合理性(bounded rationality)だと考えたのです。
Simonはノーベル賞記念講演で、その中心を探索(search)と満足化(satisficing)だと述べています。選択肢は最初からそろっているとは限らないので、人は選択肢を探し、あらかじめ持っている要求水準(aspiration level)を満たすものが見つかった時点で探索をやめて、それを選びます。最良のものを探す最適化(optimizing)との違いがポイントです。
Simonによれば、要求水準の考えはKurt Lewinらの研究に根ざし、要求水準はよい選択肢が多い環境では上がり、厳しい環境では下がります。なお satisfice は、satisfy(満足させる)と suffice(足りる)を合わせた語です。
決め方のルール(意思決定方略)
値段・性能・デザインなど、複数の属性をもつ選択肢から選ぶ場面を多属性意思決定といいます。人が使う決め方(意思決定方略)は、ある属性の弱さを別の属性の強さで埋め合わせられるかどうかで、補償型と非補償型に分けられます。下の例は、スマートフォンを選ぶ場面です。
| 型 | 方略 | しくみ | スマホ選びの例 |
|---|---|---|---|
| 補償型 | 加算型 | 全属性に重みをつけて合計し、最高点のものを選ぶ | 値段は高いがカメラが抜群で、総合点1位の機種 |
| 補償型 | 加算差型 | 2つずつ属性ごとの差を合計して比べ、勝ち残りを選ぶ | AとBの勝者を、次にCと比べる |
| 非補償型 | 連結型(conjunctive) | すべての属性に最低基準を設け、1つでも下回れば外す | 「3万円以下」「電池が1日もつ」を両方満たす機種だけ残す |
| 非補償型 | 分離型(disjunctive) | どれか1つの属性が十分にすぐれていれば採用する | カメラさえ最高なら、ほかは気にしない |
| 非補償型 | 辞書編纂型(lexicographic) | いちばん大事な属性で比べ、同点なら次に大事な属性で比べる | いちばん安いもの、同じ値段なら軽いもの |
| 非補償型 | EBA(属性による消去) | 属性を1つずつ取り上げ、基準に満たない選択肢を消していく(Tversky, 1972) | 「5万円超えは消す」→「重いものは消す」→…… |
補償型は頭の負担が大きいため、選択肢が多いときは、まず非補償型で絞り、残りを補償型で比べる段階的な使い分けがよく見られます。連結型(すべて合格)と分離型(どれか1つ)は取り違えやすい組み合わせです。
ヒューリスティクスとバイアス(Tversky & Kahneman)
ヒューリスティクス(heuristics)とは、必ず正解にたどり着く手順(アルゴリズム)ではなく、「たいていはうまくいく」簡便な判断の近道です。Tversky & Kahneman(1974)は、不確かな状況で確率や頻度を判断するとき、人が次の3つに頼り、その結果として系統的なずれ(バイアス)が生じることを示しました。
| ヒューリスティック | しくみ | 生じやすいバイアスの例 |
|---|---|---|
| 代表性(representativeness) | 「どれだけ典型例に似ているか」で確率を判断する | 基準率の無視(もともとの割合を考えない)、ギャンブラーの誤謬(「赤が5回続いたから次は黒」)、平均への回帰の無視。関連して、「銀行員で、かつフェミニスト運動家」を「銀行員」よりありそうだと判断する連言錯誤(リンダ問題:Tversky & Kahneman, 1983) |
| 利用可能性(availability) | 「どれだけ思い浮かべやすいか」で頻度や確率を判断する | 大きく報道された事故や事件の危険を、実際より高く見積もる |
| アンカリングと調整(anchoring and adjustment) | 最初に示された数値(アンカー)を出発点に、そこから調整して見積もる | 調整が不十分になり、答えがアンカーに引っぱられる(→ 別記事「アンカリング効果」) |
ヒューリスティクス自体は悪いものではなく、多くの場面ですばやく、そこそこ正しい答えを出します。問題は、条件によって同じ方向に規則的にまちがえる点です。
プロスペクト理論(Kahneman & Tversky, 1979)
プロスペクト理論(prospect theory)は、リスクのある選択を実際の人の選び方から説明する記述的理論です。選択肢を整理し直す編集段階と、それを評価する評価段階の2段階を考え、評価には効用関数の代わりに価値関数を、確率の代わりに決定の重み(確率加重関数)を使います。
| 特徴 | 内容 | 身近な例 |
|---|---|---|
| 参照点依存性 | 結果を、最終的な財産の額ではなく、参照点(基準)からの利得か損失かで評価する。参照点はふつう現在の状態だが、期待や表現で動く | 同じ80点でも、目標70点なら「得」、目標90点なら「損」と感じる |
| 感応度逓減性 | 参照点から離れるほど、同じ差の感じ方が小さくなる。価値関数は利得側で凹(リスク回避)、損失側で凸(リスク追求) | 0円→1万円のうれしさは、100万円→101万円のうれしさより大きい |
| 損失回避 | 同じ大きさなら、損失は利得より大きく感じられる。価値関数は損失側で傾きが急になる | 1万円を拾う喜びより、1万円を落とす悲しみのほうが大きい |
| 決定の重み | 確率をそのまま重みにせず、低い確率は過大に、それ以外の確率はおおむね過小に重みづける。確実なものを特に重く見る(確実性効果) | 当たる確率がごくわずかな宝くじを買う。めったに起きない災害の保険に入る |
「損は得の約2倍こたえる」という説明は、1992年の累積プロスペクト理論で損失回避係数λの中央値が2.25と推定されたことに由来します。ただし、その後のメタ分析では平均約1.96(Brown et al., 2024)、リスクのある選択に限ると1.31(Walasek et al., 2024)と、研究によってかなり異なります。数値は目安として覚えましょう。
損失回避は保有効果や現状維持バイアスの説明にも使われます(→ 別記事「保有効果」)。
二重過程理論(システム1とシステム2)
二重過程理論(dual-process theory)は、人の思考や判断に、性質の異なる2種類の過程があると考える理論の総称です。Keith E. StanovichとRichard F. West(2000)はそれらをシステム1・システム2と呼んで整理し、Kahnemanはこの区別でヒューリスティクスの研究を説明しました(Kahneman, 2003)。
| 比較項目 | システム1(タイプ1処理) | システム2(タイプ2処理) |
|---|---|---|
| 特徴 | 速い、自動的、努力がいらない、直感的(例:「2+2=」に答える) | 遅い、意図的、努力が必要、分析的(例:17×24を暗算する) |
| 認知資源 | ワーキングメモリをあまり使わない | ワーキングメモリを大きく使う。疲れや時間不足で働きにくくなる |
Kahnemanは、直感のまちがいは「システム1が誤った答えを出し、システム2がそれを正さなかった」ときに起こると説明しました。ただしEvans & Stanovich(2013)は、区別の本質は、タイプ2処理が仮説的な思考を支え、ワーキングメモリに大きく依存する点にあると整理しています。「システム1=悪い、システム2=よい」という単純な図式ではありません。
もう一つの見方:生態学的合理性(Gigerenzer)
Gerd Gigerenzerらは、ヒューリスティクスを環境にうまく合えば少ない情報で正確に判断できる道具ととらえ直しました。Gigerenzer & Goldstein(1996)のシミュレーションでは、最も有効な手がかり1つで決めるTake-the-Bestが、重回帰分析などと比べて速さと正確さで同等以上でした。この考え方を生態学的合理性といい、選択を環境の構造との関係で考えたSimon(1956)の流れをくんでいます。
試験で押さえる論点(ひっかけ対策)
| 論点 | 正しい理解 | よくあるひっかけ |
|---|---|---|
| Simon | 限定合理性、満足化、要求水準(経験で上下する) | 「要求水準は一定」「EBAを提唱」→誤り(EBAはTversky) |
| 3つのヒューリスティクス | 代表性(似ている)、利用可能性(思い出しやすい)、アンカリングと調整(最初の数値) | 報道で危険を高く見積もる例を「代表性」とする→誤り |
| 価値関数の形 | 利得で凹(上に凸)→リスク回避、損失で凸(下に凸)→リスク追求、損失側が急 | 凹と凸、回避と追求を入れかえた選択肢 |
| 意思決定方略 | 加算型は補償型。連結型・分離型・辞書編纂型・EBAは非補償型 | 連結型(すべて合格)と分離型(1つでよい)の取り違え |
「令和9年版 公認心理師試験出題基準・ブループリント」では、大項目7「知覚及び認知」(約2%)の「人の認知・思考の機序及びその障害」の用語の例に、「認知バイアス」などと並んで「意思決定」が挙がっています。大項目17の「意思決定支援・意見表明権」とも結びつけておきましょう。
実験や観察の方法と結論
意思決定の研究では、架空の選択問題を質問紙で示し、選ばれた割合を比べる方法がよく使われます。試験に出やすい2つを紹介します。
研究1:確実性効果と鏡映効果(Kahneman & Tversky, 1979)
方法:イスラエルの学生と大学教員に、架空の賭けの選択問題を匿名の質問紙で示しました(下の表の3問は、いずれも95人が回答)。単位はイスラエル・ポンドで、論文によれば家族の月収の中央値が約3,000ポンドなので、かなり大きな金額です。
| 問題 | 選択肢(多数派の選択を太字) | わかること |
|---|---|---|
| 問題3(利得) | 80%で4,000もらう(20%) / 確実に3,000もらう(80%) | 利得ではリスク回避 |
| 問題4(利得) | 20%で4,000もらう(65%) / 25%で3,000もらう(35%) | 確率を両方4分の1にしただけで選好が逆転=確実性効果 |
| 問題3′(損失) | 80%で4,000失う(92%) / 確実に3,000失う(8%) | 符号を逆にすると選好も逆転=鏡映効果 |
結論:期待値で見ると、問題3では賭け(3,200)のほうが得なのに確実なほうが、問題3′では賭け(−3,200)のほうが損なのに賭けが選ばれました。利得と損失で選好が鏡に映したように逆転するこの現象が鏡映効果(reflection effect)で、価値関数を「利得で凹、損失で凸」のS字型と考える根拠です。また問題3と4の組み合わせは、期待効用理論の代替公理(独立性)に反します。「100%→25%」の減り方が「80%→20%」より重く感じられるためで、論文はこれをAllaisの例を簡単にしたものとして示しています。
研究2:アジアの病気問題(Tversky & Kahneman, 1981)
方法:スタンフォード大学とブリティッシュ・コロンビア大学の学生に、教室で短い質問紙を配りました。「600人が死亡すると予想される珍しいアジアの病気の流行に、アメリカが備えている」という設定で、2つのグループに結果は同じで、表現だけが違う選択肢を示しました。
| 条件 | 確実な選択肢 | リスクのある選択肢 |
|---|---|---|
| 問題1:「助かる」で表現(N = 152) | 対策A:200人が助かる → 72% | 対策B:1/3の確率で600人が助かり、2/3の確率で誰も助からない → 28% |
| 問題2:「死ぬ」で表現(N = 155) | 対策C:400人が死ぬ → 22% | 対策D:1/3の確率で誰も死なず、2/3の確率で600人が死ぬ → 78% |
結論:AとC、BとDは中身が同じなのに、「助かる」(利得)と表現されると確実なほうを選ぶリスク回避が、「死ぬ」(損失)と表現されると賭けに出るリスク追求が多数派になりました。表現の枠組み(フレーム)で選択が変わるこの現象がフレーミング効果で、同じ結果なら同じ選択になるはずだという前提(不変性)が破られたことを示します。
この効果は、36のサンプル(合計6,344人)が参加した大規模な追試プロジェクト(Many Labs;Klein et al., 2014)でも再現されました。ただし効果の大きさ(d)は原研究の約1.13に対し約0.6で、効果はあるが最初の報告ほど大きくないと理解しておきましょう。
例文
「彼は家電をすべて比較せず、予算と必要な機能を満たす最初の製品を買いました。Simonのいう満足化による意思決定の典型例です。」
「医師が『生存率90%』と説明した場合と『死亡率10%』と説明した場合で、患者の治療の選択が変わることがあり、意思決定におけるフレーミング効果として知られています。」
「疲れているときや急いでいるときはシステム2がはたらきにくく、ヒューリスティクスに頼った決定をしやすくなります。」
疑問
Q: 人が期待効用理論どおりに選ばないなら、期待効用理論はまちがった理論なのですか?
A: まちがいというより、役割が違います。期待効用理論は「公理を守るなら、こう選ぶのが一貫している」という規範的理論で、判断のよしあしを測る物差しとして今も使われています。実際の選び方の説明は、プロスペクト理論などの記述的理論の役目です。
Q: 「損は得の2倍こたえる」というのは本当ですか?
A: 「損失のほうが重い」という向きは多くの研究で支持されていますが、「ちょうど2倍」とは言えません。2.25は1992年の研究の推定値で、その後のメタ分析では約1.96や1.31という値も報告されています。課題や測り方で大きさが変わる、と理解するのが正確です。
Q: ヒューリスティクスとバイアスは同じ意味ですか?
A: 違います。ヒューリスティクスは判断のやり方(近道)、バイアスはその結果生じる系統的なずれです。「思い出しやすさで頻度を判断する」のがヒューリスティック、その結果「報道の多い出来事の危険を過大に見積もる」のがバイアスです。
Q: システム1はまちがえやすいので、いつもシステム2でじっくり考えるべきなのですか?
A: そうとは限りません。システム1は、経験を積んだ分野ではすばやく正確な判断をしてくれますし、すべてを熟慮していたら時間も認知資源も足りません。大切なのは、重大な決定や確率を扱う場面、強い感情がわいている場面で立ち止まることです。
Q: 意思決定の心理学は、心理職の仕事とどう関係するのですか?
A: 1つは支援者自身の判断です。見立てや危険度の判断にも、第一印象や思い出しやすい事例に引っぱられるバイアスが入りえます。もう1つは、情報を偏りの少ない示し方で伝え、本人が自分で決められるよう支える意思決定支援です。治療の説明で「助かる人数」と「亡くなる人数」の両方を示すのは、フレーミング効果への配慮になります。
理解度を確認する問題
問題1. 大きな航空機事故の報道が続いた直後、多くの人が、飛行機に乗ることの危険性を統計データが示すよりも高く見積もるようになった。この現象を説明する概念として、最も適切なものはどれか。
- A. 代表性ヒューリスティックによる基準率の無視
- B. 利用可能性ヒューリスティック
- C. アンカリングと調整
- D. 決定の重みにおける低い確率の過大評価
正解:B 報道で事故の例が思い浮かびやすくなり、その思い浮かびやすさから確率を高く見積もっているので、利用可能性ヒューリスティックです。Aは典型例に似ているかで判断し、もともとの割合を軽視する現象で、この事例には当てはまりません。Cは最初に示された数値に引っぱられる現象ですが、ここにはその数値がありません。Dはまぎらわしいですが、決定の重みは示された確率を選ぶときにどう重みづけるかの話で、確率そのものをどう見積もるかというこの事例とは別の問題です。
問題2. プロスペクト理論に関する説明として、最も適切なものはどれか。
- A. 価値関数は利得の領域で下に凸であり、利得の場面では人はリスク追求的になる
- B. 結果は参照点からの利得・損失として評価され、同じ大きさなら損失は利得よりも大きく感じられる
- C. 低い確率は決定の重みにおいて過小評価されるため、人は当たる確率の低い宝くじを避ける傾向がある
- D. 人がどう選ぶべきかを公理から導いた規範的理論であり、期待効用理論の公理をより厳密にしたものである
正解:B プロスペクト理論の中心は参照点依存性と損失回避です。Aは誤りで、利得の領域の価値関数は上に凸(凹関数)で、人はリスク回避的になります。下に凸でリスク追求的になるのは損失の領域です。Cは誤りで、低い確率は過大に重みづけられ、これが宝くじや保険が好まれる説明になります。Dは誤りで、プロスペクト理論は人が実際にどう選ぶかを説明する記述的理論です。
問題3. H. A. Simonの限定合理性と満足化に関する説明として、最も適切なものはどれか。
- A. 要求水準はその人の性格によって決まっているため、経験によって変化することはない
- B. 選択肢は最初からすべて与えられているので、人はその中から期待効用が最大のものを選ぶ
- C. 人は選択肢を探索し、要求水準を満たす選択肢が見つかった時点で探索をやめて、それを選ぶことが多い
- D. Simonは、属性を1つずつ取り上げて基準に満たない選択肢を消していく「属性による消去(EBA)」を提唱した
正解:C Simonは、情報や計算能力に限りがある人間の合理性を限定合理性ととらえ、探索と満足化をその中心に置きました。Aは誤りで、要求水準は経験に応じて上がったり下がったりします。Bは期待効用理論の人間像で、Simonが批判した前提です。Dはまぎらわしいですが誤りで、EBAはTversky(1972)の理論です。「全部は比べない」発想が似ているため、提唱者の取り違えが問われやすい点です。
関連キーワード
- 期待効用理論(Expected Utility Theory)
- 限定合理性(Bounded Rationality)
- 満足化(Satisficing)/要求水準(Aspiration Level)
- ヒューリスティクス(Heuristics)/認知バイアス(Cognitive Bias)
- プロスペクト理論(Prospect Theory)
- 損失回避(Loss Aversion)
- フレーミング効果(Framing Effect)
- 二重過程理論(Dual-Process Theory)
- 生態学的合理性(Ecological Rationality)
関連論文
まずこの1本
Kahneman, D., & Tversky, A.(1979)Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica, 47(2), 263–291.
期待効用理論では説明できない選択のパターン(確実性効果、鏡映効果、選択肢の共通部分を無視する分離効果)を簡単な選択問題で示し、代わりの記述的理論を提案した論文です。参照点、利得で凹・損失で凸で損失側が急な価値関数、決定の重み、編集段階と評価段階は、すべてこの論文で示されました。試験対策としては、価値関数の形とリスク態度の対応、期待効用理論(規範)との違い、フレーミング効果・保有効果との関係を押さえましょう。
https://doi.org/10.2307/1914185
その他の参考文献
Simon, H. A.(1956)“Rational choice and the structure of the environment.” Psychological Review, 63(2), 129–138.
概要 選択を、生物の認知能力だけでなく環境の構造との関係で論じた論文です。
解説 Simon(1955, Quarterly Journal of Economics)とともに、限定合理性のもとでの選択のしくみ(探索と満足化)を形にした基本文献です。Simon自身もノーベル賞記念講演(1978年。下の2つめのURL)で、この2本を限定合理性を具体化する最初の一歩として挙げ、満足化と要求水準を本人の言葉で説明しています。
https://doi.org/10.1037/h0042769
https://www.nobelprize.org/uploads/2018/06/simon-lecture.pdf
Tversky, A., & Kahneman, D.(1974)“Judgment under uncertainty: Heuristics and biases.” Science, 185(4157), 1124–1131.
概要 不確実な状況での判断に使われる3つのヒューリスティクスと、それらがもたらすバイアスをまとめた論文です。
解説 3つのヒューリスティクスの名前と、対応するバイアスの組み合わせは、試験で特に問われやすい点です。
https://doi.org/10.1126/science.185.4157.1124
Brown, A. L., Imai, T., Vieider, F. M., & Camerer, C. F.(2024)“Meta-analysis of empirical estimates of loss aversion.” Journal of Economic Literature, 62(2), 485–516.
概要 1992〜2017年の150本の論文から607の損失回避係数の推定値を集めたメタ分析で、平均を約1.96(1.82〜2.10)と報告しています。
解説 「損は得の約2倍」をおおむね支持しますが、リスクのある選択に限ったWalasek, Mullett, & Stewart(2024, Journal of Economic Psychology, 103, 102740)は1.31と報告しています。
https://doi.org/10.1257/jel.20221698
https://doi.org/10.1016/j.joep.2024.102740
公認心理師試験研修センター「令和9年版 公認心理師試験出題基準・ブループリント」
概要 公認心理師試験の範囲と出題割合を示した公式資料です。
解説 大項目7(約2%)に「意思決定」「認知バイアス」、大項目17(約9%)に「意思決定支援・意見表明権」があります。受験前には必ず最新版を確認してください。
https://www.jccpp.or.jp/files/items/104/File/blue_print_2027.pdf
覚え方
①規範と記述:「べき論のノイマン、実態のサイモン」。期待効用理論は「どう決めるべきか」、Simon以降は「実際どう決めているか」です。
②満足化:「サイモンは60点で合格」。満点(最適)を探さず、合格ライン(要求水準)を超えたら決めるのが満足化です。合格ラインは、問題がやさしければ上がり、難しければ下がります。satisfy+suffice=satisficeと分解すると忘れません。
③3つのヒューリスティクス:「似てる・浮かぶ・引っぱられる」。似てる=代表性、浮かぶ=利用可能性、最初の数字に引っぱられる=アンカリングと調整です。
④プロスペクト理論:「もうけは手堅く、損は一か八か」。利得の場面ではリスク回避、損失の場面ではリスク追求。そして「損は得より重い」(損失回避)。
⑤非補償型:「連結は全部合格、分離はどれか一芸」。連結型はすべての基準を満たす必要があり、分離型は1つすぐれていればよい方略です。


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