ウェルニッケ失語(Wernicke’s aphasia)とは、言語の優位半球(多くの人では左半球)の側頭葉後部を中心とする損傷で起こる失語症で、話し方はなめらか(流暢)なのに、ことばの理解が大きく障害され、言い間違いが多くなるのが特徴です。感覚性失語・受容性失語・流暢性失語とも呼ばれます。
簡単な説明
知らない外国語のラジオを想像してください。音は聞こえるのに意味がつかめませんね。ウェルニッケ失語では、母語を聞いてもこれに近い状態になります。
話すほうはなめらかで、よくしゃべります。ところが「めがね」が「めがた」に、「えんぴつ」が「とけい」にと、ことばが入れ替わります。重いときは、どの言語にもない新しいことばがまじり、意味の通らない話になります。
しかも本人は言い間違いに気づきにくいのです。頭の中の「ことばの辞書」で、音と意味をつなぐ糸がほどけたような状態です。耳や考える力の問題ではありません。
由来
| 年 | 主なできごと |
|---|---|
| 1861年 | Paul Brocaが、「タン、タン」としか言えず病院で「タン」と呼ばれた患者(Leborgne)の左前頭葉の病変を報告 |
| 1874年 | Carl Wernickeが『Der aphasische Symptomencomplex(失語の症状群)』で、第1側頭回(上側頭回)の損傷による感覚性失語を記述 |
| 1885年 | Ludwig Lichtheimが概念の中枢を加えた図式から7つのタイプを導く。その1つが「理解できないのに復唱はできる」タイプ(今日の超皮質性感覚失語にあたる) |
| 1960年代 | Norman Geschwindが中枢と経路のモデルを復活・発展(ウェルニッケ・ゲシュヴィント・モデル) |
Wernickeは、上側頭回にことばの音のイメージ(Klangbilder)があり、ここが壊れると、話す語は豊富なのに聞いたことが理解できなくなると考え、運動性失語と区別しました。こうした患者は経験ある医師でも錯乱状態と見誤るとも注意しています。同じ本では、中枢どうしを結ぶ線維(弓状束)が切れて起こる伝導失語(Leitungsaphasie)も論じました。
具体的な説明
主な症状
- 流暢な発話:量や抑揚は保たれ、急性期にはむしろ多弁なことが多い
- 聴覚的理解の障害:話しかけられたことばがわからない。読んで理解することも障害される(失読)
- 錯語:音の誤り(音韻性錯語・字性錯語:めがね→めがた)や、別の語への置きかえ(語性錯語:えんぴつ→とけい)
- ジャルゴン:実在しない語(新造語)がまじり、意味の通らない「ことばのサラダ」になる
- 復唱・呼称の障害:聞いた語をくり返せず、物の名前も言えない
- 書字:すらすら書くが誤りが多い(流暢性失書)
- 障害の自覚の乏しさ:話が通じていないことに気づきにくい
原因は脳梗塞などの脳卒中が多く、頭部外傷、脳腫瘍、脳炎などでも起こります。病巣はウェルニッケ野だけに限られることはまれで、周囲に広がっていることが多いとされます。視覚の経路が近くを通るため、右側の視野欠損を伴いやすいのも特徴です。神経系の基本は【心理学検定】受験者が知っておきたい神経系の話で確認しておきましょう。
ブローカ失語との比較
| 比較項目 | ウェルニッケ失語 | ブローカ失語 |
|---|---|---|
| 主な損傷部位 | 左の側頭葉後部(上側頭回後部=ウェルニッケ野を含む側頭頭頂領域) | 左の前頭葉(下前頭回後部=ブローカ野を含む領域) |
| 発話 | 流暢だが錯語が多く、内容が乏しい | 非流暢。量が少なく、努力性でたどたどしい |
| 理解 | 不良 | 比較的良好 |
| 復唱 | 障害 | 障害 |
| 書字 | 流暢性失書 | 非流暢性失書 |
流暢さと理解はちょうど逆ですが、復唱はどちらも障害される点がひっかけになりやすいところです。
流暢な失語は「理解」と「復唱」で見分ける
| タイプ | 理解 | 復唱 | 見分けのポイント |
|---|---|---|---|
| ウェルニッケ失語 | 不良 | 障害 | 錯語・ジャルゴン、誤りに気づかない |
| 伝導失語 | 良好 | 際立って障害 | 音韻性錯語。誤りに気づき自分で言い直そうとする |
| 超皮質性感覚失語 | 不良 | 保たれる | くり返せるが意味がわからない |
| 健忘失語(失名詞失語) | 良好 | 保たれる | ことばが出ず、回りくどくなる |
どれも流暢なので、まず理解、次に復唱で分けるのがコツです。なお、聞いて理解することだけが障害され、読めば理解できる場合は純粋語聾(皮質下感覚失語)です。
「ウェルニッケ野=理解の中枢」は正しいか
この図式には見直しが進んでいます。Binder(2015)は、上側頭回後部の損傷だけでは原則として理解は障害されないこと、理解障害は中側頭回や角回などの損傷と関係することを示す研究をまとめました。この部位はむしろ語の音を取り出して話す過程を担う、という見方です。
| 損傷される系(Binder, 2015) | 生じやすい症候群 |
|---|---|
| 語の音を取り出す系(上側頭回後部・縁上回)だけ | 伝導失語 |
| 意味の系だけ | 超皮質性感覚失語 |
| 音の系+周りの意味の系 | ウェルニッケ失語 |
つまりウェルニッケ失語は、伝導失語の「音の誤り」と超皮質性感覚失語の「意味のわからなさ」をあわせもつ状態と整理できます。意味の系はメンタル・レキシコンとも関係します。
実験や観察の方法と結論
基本は、症状と、死後の脳や画像で見つかる病変部位との対応づけ(病変研究)です。臨床では流暢性・聴覚的理解・復唱・呼称・読み・書きを調べ、そのパターンからタイプを判断します。画像解析や脳の電気刺激の研究が、上の再解釈につながりました。
例文
「左側頭葉後部の脳梗塞のあと、すらすら話すのに質問とかみ合わず、本人も誤りに気づかないため、ウェルニッケ失語が疑われました。」
「理解が悪いのに復唱だけはできるなら、ウェルニッケ失語ではなく超皮質性感覚失語を考えます。」
疑問
Q: ウェルニッケ失語の人は、耳が聞こえにくくなっているのですか?
A: いいえ。音は聞こえています。障害されているのは、聞こえた音をことばとして認識し、意味に結びつける段階です。
Q: 意味の通らない話をするのは、せん妄や精神疾患と同じなのですか?
A: 違います。ウェルニッケ失語は脳の損傷による言語の障害です。ただ見た目が似るため、初期にはせん妄と誤診されることがあります。意識レベルの変動・幻覚・不注意を伴わない点や、言語検査・画像検査で見分けます。
Q: 話しかけるときに、どんな工夫ができますか?
A: 短くはっきり話し、身ぶりや実物、絵などことば以外の手がかりをそえると伝わりやすくなります。リハビリテーションは言語聴覚士が中心になって行います。
理解度を確認する問題
問題1. 脳梗塞後の60代男性。発話はなめらかで量も多いが、言い間違いや実在しない語が多く、内容が伝わらない。簡単な指示に従えず、検査者の言った語もくり返せない。本人は誤りに気づいていない様子である。最も考えられる失語のタイプはどれか。
- A. ブローカ失語
- B. ウェルニッケ失語
- C. 伝導失語
- D. 超皮質性感覚失語
正解:B 流暢・理解不良・復唱障害に、錯語・新造語・自覚の乏しさが加わるのでウェルニッケ失語です。Aは発話が非流暢で、理解は比較的保たれます。Cは理解が良好で、誤りにも気づくので合いません。Dはまぎらわしいですが、超皮質性感覚失語では復唱が保たれるので、くり返しができないこの事例には当てはまりません。
問題2. 脳梗塞後の患者。会話はなめらかで、質問も理解できている。しかし「とけい」を「てけい」と言うなど音の誤りが目立ち、自分で気づいて何度も言い直す。聞いた語をくり返す課題でとくに誤りが多い。最も考えられる失語のタイプはどれか。
- A. ウェルニッケ失語
- B. 超皮質性感覚失語
- C. 伝導失語
- D. 健忘失語(失名詞失語)
正解:C 流暢で理解は良好、音韻性錯語と復唱の際立った障害、そして自分で誤りに気づいて言い直す点が伝導失語の特徴です。Aはまぎらわしいですが、ウェルニッケ失語は理解が不良で、誤りに気づきにくい点が違います。Bは理解が不良で、復唱は保たれます。Dは喚語困難が中心で、復唱は保たれます。
問題3. 失語研究の歴史に関する記述として、最も適切なものはどれか。
- A. Brocaは、側頭葉の損傷により言語の理解が障害される感覚性失語を初めて報告した
- B. Wernickeは、上側頭回の損傷による感覚性失語を運動性失語と区別し、同じ本で伝導失語も論じた
- C. Lichtheimは、図式から概念の中枢を取り除き、失語を運動性と感覚性の2つだけに整理した
- D. 近年、上側頭回後部だけの損傷で必ず重い理解障害が起こると確かめられた
正解:B Wernicke(1874)は、上側頭回の損傷による感覚性失語を運動性失語と区別し、伝導失語も論じました。Aは誤りで、Brocaが報告したのは左前頭葉の損傷による発話の障害です。Cは逆で、Lichtheim(1885)は概念の中枢を加えて7つのタイプを導きました。Dも逆で、Binder(2015)は上側頭回後部だけの損傷では原則として理解は障害されないとまとめています。
関連キーワード
- ブローカ失語(Broca’s Aphasia)
- 伝導失語(Conduction Aphasia)/弓状束(Arcuate Fasciculus)
- 超皮質性感覚失語(Transcortical Sensory Aphasia)
- 全失語(Global Aphasia)/健忘失語(Anomic Aphasia)
- 純粋語聾(Pure Word Deafness)
- 錯語(Paraphasia)/ジャルゴン(Jargon)
- ウェルニッケ・リヒトハイムの失語図式/ウェルニッケ・ゲシュヴィント・モデル(Wernicke–Geschwind Model)
関連論文
まずこの1本
Binder, J. R.(2015)The Wernicke area: Modern evidence and a reinterpretation. Neurology, 85(24), 2170–2175.
画像研究と神経心理学の研究をまとめ、「ウェルニッケ野」は理解よりも発話(語の音の取り出し)に大きな役割をもつと再解釈した論文です。流暢な失語3タイプを損傷される系の違いで整理しています。試験では古典的な対応(流暢・理解不良・復唱障害)を確実に押さえたうえで、「ウェルニッケ野=理解の中枢」に見直しが進んでいる、と位置づけましょう。
https://doi.org/10.1212/WNL.0000000000002219
その他の参考文献
Anderson, J. M., et al.(1999)“Conduction aphasia and the arcuate fasciculus: A reexamination of the Wernicke–Geschwind model.” Brain and Language, 70(1), 1–12.
概要 WernickeとGeschwindが伝導失語の病変とした弓状束説を再検討した論文です。てんかん患者の上側頭回後部への電気刺激で、意味の知識は保たれたまま音韻性錯語と復唱の低下が生じたことから、皮質の機能障害だけでも伝導失語が起こりうると論じています。古典的な「経路の切断」だけでは説明しきれないことを示す例です。
https://doi.org/10.1006/brln.1999.2135
ほそめがねのひとこと
ウェルニッケ失語を初めて学んだとき、「すらすら話せるのに理解できない」という特徴をどう感じましたか?
覚え方
①「ウェルニッケは後ろで聞く、ブローカは前で話す」。後ろ(側頭葉)の損傷で理解が、前(前頭葉)の損傷で発話が主に障害されます。
②ウェルニッケ失語は「ペラペラ・わからず・くり返せず・気づかず」。流暢・理解不良・復唱障害・自覚の乏しさの4点セットです。
③「伝導はまねだけ苦手、超皮質はオウム返しだけ得意」。理解と復唱の得意・不得意が正反対です。
④「ウェルニッケ=伝導+超皮質性感覚」。「音の誤り」と「意味のわからなさ」の足し算です。


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