心臓は運動中にどんどん速く動きますが、それ以上速くなれない限界があります。
これが「最大心拍数」です。
たとえば、全力でダッシュしたとき、心臓がドクドクと最大限に動いている状態のことです。この限界値を式で予測しようというのが、今回のテーマです。
実際に測定するのは非常に大変なので、年齢などを使った計算式で推定するのが一般的です。
語源
| 語 | 意味 |
|---|---|
| Maximal(ラテン語 maximus) | 最大の |
| Heart Rate | 心拍数(1分間に心臓が拍動する回数) |
| HRmax | Maximal Heart Rateの略 |
解説
最大心拍数(HRmax)とは、漸増負荷運動中に観察される心拍数の上限値のことです。心筋の固有自動能(洞房結節の発火頻度の上限)と自律神経系の調節を反映しており、加齢とともに直線的に低下します。
主要な推定式の比較
🔵 式①:Fox式(1971年)— 最も有名
HRmax = 220 − 年齢
- 1971年にFox et al. が提唱
- 世界中で最も広く使われている
- 問題点:誤差が大きい(±10〜12 bpm、標準偏差 約11)
- 実は元の論文自体が回帰分析によって導出されたものではなく、複数研究の観察値をもとにした経験則に近い推定
🟠 式②:Tanaka式(2001年)— より精度が高い
HRmax = 208 − (0.7 × 年齢)
- Tanaka et al.(2001)が約18,000人のデータから導出した回帰式
- Fox式より若年層で低く、高齢者で高い値が出る傾向
- トレーニング状況(有酸素運動習慣の有無)に関係なく安定しており、NSCA等の文献でも引用される
| 年齢 | Fox式 | Tanaka式 |
|---|---|---|
| 20歳 | 200 | 194 |
| 30歳 | 190 | 187 |
| 40歳 | 180 | 180 |
| 50歳 | 170 | 173 |
| 60歳 | 160 | 166 |
| 70歳 | 150 | 159 |
※ 高齢になるほどTanaka式の方が高い値を示す
式③:Gellish式(2007年)— 近年注目
HRmax = 207 − (0.7 × 年齢)
- Gellish et al.(2007)が5,972人の縦断的データから導出
- Tanaka式と非常に近いが、切片が207
- フィットネス水準の異なる集団にも適用しやすいとされる
式④:Inbar式(1994年)
HRmax = 205.8 − (0.685 × 年齢)
- Inbar et al.(1994)が主に健康成人を対象に導出
- 精度はTanaka式と同程度
HRmaxと加齢の関係
HRmaxは10年あたり約6〜10 bpm低下することが複数の研究で示されています。これは洞房結節の細胞数の減少・交感神経感受性の低下によるものです。
なぜ加齢でHRmaxが下がるのか?
- 洞房結節のペースメーカー細胞の減少
- β受容体感受性の低下(カテコールアミンへの反応低下)
- 最大交感神経刺激量の低下
重要:HRmaxはトレーニングによって上昇しない。有酸素トレーニングで改善するのは**安静時心拍数(低下する)や1回拍出量(増加する)**であり、HRmax自体は変化しにくい。
HRmaxの活用:運動強度の設定
HRmaxが重要なのは、トレーニング強度の目安として使えるからです。
方法①:HRmax法(%HRmax法)
目標心拍数 = HRmax × 目標強度(%)
| ゾーン | %HRmax | 主なエネルギー系 |
|---|---|---|
| Zone 1(ウォームアップ) | <57% | 有酸素系(脂質) |
| Zone 2(有酸素基礎) | 57〜63% | 有酸素系(脂質主体) |
| Zone 3(有酸素強化) | 64〜76% | 有酸素系(糖質混合) |
| Zone 4(閾値付近) | 77〜95% | 乳酸閾値付近 |
| Zone 5(最大強度) | >96% | 無酸素系 |
※ ACE・ACSM分類を参照
方法②:カルボーネン法(心拍予備能法 / HRR法)— より精度が高い
目標心拍数 = (HRmax − 安静時心拍数) × 目標強度% + 安静時心拍数
この式は**心拍予備能(Heart Rate Reserve:HRR)**を使うため、個人の体力水準を反映でき、より正確な強度設定が可能です。
例:30歳、安静時HR 60 bpm、目標強度70%の場合
- HRmax(Tanaka式)= 208 − (0.7 × 30) = 187 bpm
- HRR = 187 − 60 = 127
- 目標HR = 127 × 0.70 + 60 = 149 bpm
豆知識
「220−年齢」は実は根拠が薄い?
Fox式(220−年齢)は世界中のジムや心拍計に使われていますが、2002年にHirofumi Tanakaらの研究で「誤差が大きすぎる」と指摘されました。
特に高齢者では Fox式は実測値より低く出る傾向があり、高齢者の運動処方に使うと強度が低く見積もられすぎるリスクがあります。
また、同じ年齢でも個人差は非常に大きく、標準偏差が±10〜12 bpmあるため、40歳の人ならHRmaxが168〜192 bpmの範囲に分布する可能性があります。
HRmaxはトレーニングで上げられない
「心肺機能を鍛えればHRmaxも上がる」と思いがちですが、これは誤解です。トレーニングで改善するのは:
- ✅ 安静時心拍数(低下)
- ✅ 1回拍出量(増加)
- ✅ VO₂max(増加)
- ❌ HRmax(変化しにくい)
関連論文
① Tanaka et al. (2001) — Tanaka式の出典
Tanaka H, Monahan KD, Seals DR. Age-predicted maximal heart rate revisited. Journal of the American College of Cardiology, 37(1), 153–156.
約18,000人を対象としたメタ分析+横断研究。Fox式より精度が高く、トレーニング習慣の影響を受けにくいことを示した。現在NSCA等の教科書でも参照される重要論文。
② Gellish et al. (2007) — Gellish式の出典
Gellish RL, et al. Longitudinal modeling of the relationship between age and maximal heart rate. Medicine & Science in Sports & Exercise, 39(5), 822–829.
縦断データを使い「207 − 0.7×年齢」を導出。横断データのみのTanaka式より経時変化をより正確に反映できると主張。
③ Robergs & Landwehr (2002) — Fox式への批判
Robergs RA, Landwehr R. The surprising history of the “HRmax=220-age” equation. Journal of Exercise Physiology Online, 5(2), 1–10.
Fox式の歴史的経緯を徹底検証。「220−年齢」が統計的回帰ではなく観察の寄せ集めから生まれたものであることを指摘した批判的レビュー。
よくある質問
- Q「220−年齢」はなぜ世界中で使われているのですか?
- A
計算が非常に簡単で覚えやすいからです。ただし誤差が±10〜12 bpmと大きく、現在はTanaka式(208−0.7×年齢)の方が精度が高いことがわかっています。手軽さと引き換えに精度を犠牲にしている式です。
- QTanaka式とFox式、どちらを使えばよいですか?
- A
精度を重視するならTanaka式(208−0.7×年齢)が推奨されます。特に高齢者への運動処方では、Fox式は値が低く出やすいため、Tanaka式の方が安全かつ適切な強度設定につながります。
- QHRmaxはトレーニングで上げられますか?
- A
基本的には上げられません。HRmaxは主に加齢によって規定されており、トレーニングで改善するのは安静時心拍数・1回拍出量・VO₂maxです。HRmax自体はほとんど変化しません。
- Q推定式で出たHRmaxと実測値が大きく違いました。なぜですか?
- A
個人差が大きいためです。標準偏差が約±10〜12 bpmあるため、同じ年齢でも実測HRmaxには20 bpm以上の開きが生じることがあります。推定式はあくまで「集団の平均傾向」であり、個人を正確に予測するものではありません。
- Qカルボーネン法と%HRmax法はどう違いますか?
- A
カルボーネン法は安静時心拍数を組み込むため、個人の体力水準(安静時HR)を反映できます。一般に%HRmax法より実際の運動強度(%VO₂max)との相関が高いとされ、より精密な強度処方が可能です。
- QHRmaxはなぜ年齢とともに下がるのですか?
- A
洞房結節のペースメーカー細胞の減少と、β受容体感受性の低下が主な原因です。交感神経刺激に対する心臓の反応が鈍くなるため、最大でも以前ほど速く拍動できなくなります。
- QマラソンランナーはHRmaxが高いですか?
- A
必ずしもそうではありません。持久系アスリートのHRmaxは同年齢の一般人と大差ないか、むしろやや低い場合もあります。ただし1回拍出量が非常に大きいため、最大心拍出量(=HR×SV)は大きくなります。
- Q運動中の心拍数が推定HRmaxを超えることはありますか?
- A
あります。推定式はあくまで平均値であり、個人のHRmaxが推定値より高い場合、超えることは普通に起こります。また、心拍計の誤検出(特に胸骨バンド以外)でも見かけ上超えることがあります。
理解度チェック
問題1 Tanaka式(2001)による最大心拍数の推定式として正しいのはどれか。
A. HRmax = 220 − 年齢
B. HRmax = 208 − (0.7 × 年齢)
C. HRmax = 200 − (0.5 × 年齢)
D. HRmax = 210 − (0.8 × 年齢)
正解:B Tanaka et al.(2001)が約18,000人のデータをもとに導出した式。Fox式より精度が高いとされる。
問題2 カルボーネン法で目標心拍数を求める際に必要な値として正しいものはどれか。すべて選べ。
A. 最大心拍数(HRmax)
B. 安静時心拍数
C. 最大酸素摂取量(VO₂max)
D. 目標運動強度(%)
正解:A・B・D カルボーネン法=(HRmax−安静時HR)×強度%+安静時HR。VO₂maxは不要。
問題3 有酸素トレーニングを継続した場合に改善されるものとして正しいものはどれか。
A. 最大心拍数(HRmax)の上昇
B. 安静時心拍数の低下
C. 1回拍出量の増加
D. BとC両方
正解:D HRmaxはトレーニングで上昇しにくい。改善されるのは安静時HR(低下)と1回拍出量(増加)。
問題4 Fox式(220−年齢)の問題点として最も適切なものはどれか。
A. 若年者にしか使えない
B. 個人差が大きく誤差が±10〜12 bpm生じる
C. 安静時心拍数が考慮されている
D. Tanaka式より複雑な計算が必要
正解:B Fox式は簡便だが標準偏差が大きく、個人の実測値との誤差が生じやすい。
問題5 40歳の人のHRmax をTanaka式で求めると何bpmか。
A. 180 bpm
B. 182 bpm
C. 178 bpm
D. 185 bpm
正解:A 208 − (0.7 × 40) = 208 − 28 = 180 bpm
問題6 最大心拍数が加齢とともに低下する主な生理学的原因として正しいものはどれか。
A. 筋線維の萎縮
B. 洞房結節のペースメーカー細胞の減少とβ受容体感受性の低下
C. ヘモグロビン濃度の低下
D. 毛細血管密度の減少
正解:B 心臓の電気系(洞房結節)の老化と自律神経感受性の低下がHRmax低下の主因。
問題7 次のゾーン分類で、Zone 2(有酸素基礎ゾーン)のHRmaxに対する割合として正しいものはどれか。
A. 40〜55%
B. 57〜63%
C. 70〜80%
D. 85〜95%
正解:B Zone 2は57〜63%HRmax付近。主に脂質をエネルギーとして利用する有酸素系ゾーン。
覚え方
Fox式 vs Tanaka式の覚え方
Fox(古い狐):220 − 年齢 ← シンプルだが誤差大
Tanaka(田中先生):208 − 0.7×年齢 ← より正確
語呂合わせ:「ニーマルハチ(208)、れいてんなな(0.7)かけて引く年齢」
カルボーネン法の覚え方
(最大 − 安静)× 強度 + 安静
↑
これが「心拍予備能(HRR)」
「余力(予備能)に強度をかけて、ベース(安静時HR)に乗せる」
まとめ
- 最大心拍数の推定式は複数あり、現在はTanaka式(208−0.7×年齢)がFox式(220−年齢)より精度が高いとされている
- HRmaxは加齢で低下し、トレーニングで上昇しにくい。
- 鍛えるべきは1回拍出量とVO₂max 運動強度の処方にはカルボーネン法が個人差を反映でき、より正確な目標心拍数を設定できる
必須用語リスト
| # | 用語 | 読み方 | 簡単な説明 |
|---|---|---|---|
| 1 | 最大心拍数(HRmax) | さいだいしんぱくすう | 運動中に到達できる心拍数の上限値。加齢とともに低下する |
| 2 | Fox式 | フォックスしき | 220-年齢で求める最も有名な推定式。簡便だが誤差が大きい |
| 3 | Tanaka式 | タナカしき | 208-(0.7×年齢)で求める推定式。Fox式より精度が高い |
| 4 | Gellish式 | ゲリッシュしき | 207-(0.7×年齢)で求める推定式。縦断データをもとに導出された |
| 5 | 心拍予備能(HRR) | しんぱくよびのう | HRmaxから安静時心拍数を引いた値。カルボーネン法の核となる概念 |
| 6 | カルボーネン法 | カルボーネンほう | 安静時心拍数を組み込んで目標心拍数を求める方法。個人差を反映できる |
| 7 | %HRmax法 | パーセントHRmaxほう | HRmaxに目標強度の割合をかけて目標心拍数を求めるシンプルな方法 |
| 8 | 安静時心拍数 | あんじょうじしんぱくすう | 安静状態での1分間の心拍数。有酸素トレーニングで低下する |
| 9 | 洞房結節 | どうぼうけっせつ | 心臓の電気信号を発生させるペースメーカー。加齢で細胞数が減少しHRmaxが下がる原因となる |
| 10 | β受容体 | ベータじゅようたい | アドレナリンなどに反応して心拍数を上げる受容体。加齢で感受性が低下する |
| 11 | 1回拍出量(SV) | いっかいはくしゅつりょう | 心臓が1回の拍動で送り出す血液量。トレーニングで増加する |
| 12 | 心拍出量(Q) | しんぱくしゅつりょう | 1分間に心臓が送り出す血液の総量。Q=HR×SVで求められる |
| 13 | 漸増負荷運動 | ぜんぞうふかうんどう | 負荷を段階的に上げていく運動テスト。HRmaxの実測に使われる |
| 14 | 運動強度ゾーン | うんどうきょうどゾーン | HRmaxの割合で分類したトレーニング強度の段階。Zone1〜5などで表される |
| 15 | 標準偏差(SD) | ひょうじゅんへんさ | データのばらつきの大きさを示す指標。Fox式はSDが±10〜12 bpmと大きい |
| 16 | 回帰分析 | かいきぶんせき | データから変数間の関係式を導く統計手法。Tanaka式はこれで導出された |
| 17 | VO₂max | さいだいさんそせっしゅりょう | 最大酸素摂取量。HRmaxとは異なり、トレーニングで向上させられる持久力の指標 |
| 18 | 交感神経 | こうかんしんけい | 運動時に心拍数を上げる自律神経。加齢でHRmaxへの影響力が低下する |


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