今回は、今までの教訓を踏まえて、次の10年(2035年)を予測します。
1999年の予言は当たった—では、次の10年は?
1999年、ドン・ペパーズとマーサ・ロジャーズは「25年後」を予測しました。

- 「顧客一人ひとりに個別対応する時代が来る」→ Netflix、Amazon、Spotifyが実現
- 「データベースマーケティングが主流になる」→ CRMが標準装備に
- 「顧客生涯価値(LTV)が経営指標の中心になる」→ SaaS企業の評価基準
そして2025年、私たちはその予測が驚くほど的中したことを確認しました。
それでは、私たちも「10年後」を予測してみましょう。
予測1:AIが「顧客マネージャー」になる—しかし二極化する
技術的可能性:AIエージェントの時代
現状の限界
- 人間の顧客マネージャーが1人で担当できる顧客数:100社(B2B)、1,000人(B2C)
- 個別対応の限界:物理的に不可能
2035年の技術的可能性
- AIエージェントが、100万人の顧客を個別対応
- 各顧客に「専任AI」が割り当てられる
- 24時間365日、即時対応
- リアルタイム音声対応(電話でAIと自然に会話)
- 感情認識AI(顧客の不満、喜びを声のトーンから察知)
- 多言語対応(100以上の言語に瞬時に対応)

技術的には、完璧な「One-to-One」が実現します。
しかし、顧客は本当に喜ぶのか?—不気味の谷
ある顧客の体験(2035年)
顧客:「先月注文した商品、まだ届かないんだけど」
AI:「◯◯様、お待たせして申し訳ございません。配送状況を確認したところ、
現在、お客様のご自宅から3km地点にございます。
本日18時23分に到着予定です。
なお、◯◯様は過去3回、18時以降の配達をご希望されておりますので、
今回も18時以降の配達としております」
顧客(内心):「...完璧すぎて、逆に怖い。
自分は『管理されている』のか?
人間と話したい...」
不気味の谷(Uncanny Valley)
ロボットやAIが人間に近づくほど、ある一点で「気味が悪い」と感じる現象。
- AIが完璧すぎる → 「自分は監視されている」
- AIが感情を理解する → 「でも、それは本物の共感じゃない」
- AIが先回りして提案 → 「プライバシーが侵害されている」

シナリオA:人間回帰—富裕層は「人間」を求める

2035年、富裕層のサービス選択
| 階層 | 対応方法 | 年会費 | 顧客の心理 |
|---|---|---|---|
| プラチナ | 専任の人間マネージャー(24時間対応) | 100万円 | 「自分は特別に扱われている」 |
| ゴールド | 人間+AI併用(営業時間内は人間) | 10万円 | 「重要な時は人間が対応してくれる」 |
| スタンダード | AI自動対応のみ | 無料 | 「効率的だけど、心がない」 |
富裕層の反応
- 「AIに対応されている」=「自分は大切にされていない」
- 高額を払ってでも「人間による対応」を求める
- AI対応は「安物」「貧者のためのOne-to-One」と認識される
実例(2035年予測)
高級ホテル「ザ・リッツ・カールトン」
- 年会費500万円の「ヒューマン・タッチ・メンバーシップ」を導入
- AI対応は一切なし、全て人間スタッフが対応
- 予約、問い合わせ、コンシェルジュ—すべて「あなた専任の人間」
広告コピー
「AIには、あなたの涙を拭くことはできません」
高級車ディーラー「レクサス」
- 「人間専任セールス」を差別化要因に
- AIによる提案は「下品」として排除
- 「私たちは、あなたと長年の友人になりたいのです」
これは新しい階級社会か?
シナリオB:AI標準化—Z世代以降は「AI」を選ぶ

一方で、全く逆のシナリオも考えられます。
Z世代以降の価値観
- 「AI対応が標準」として育つ世代
- 人間による対応の方が「当たり外れが大きい」と感じる
- 「完璧なAI」 vs 「不完全な人間」の比較で、AIを選ぶ
ある若者の本音(2035年)
「人間の営業に対応されると、正直、疲れる。
気を使わなきゃいけないし、断りにくいし。
AIなら、淡々と事実を教えてくれるし、
『今日は忙しいので』って言えば、すぐ引いてくれる。
人間のセールスって、感情的になるじゃん。
『せっかく提案したのに...』みたいな。
AIの方が、よっぽど『人間的』だよ」
逆転の発想
- 「人間に対応されると、逆に不安」
- 「AIの方が、感情的にならず、公平」
- 「人間の『おもてなし』は、押し付けがましい」
実例(2035年予測)
ネット銀行「デジタルバンク」
- 人間の窓口は一切なし、全てAI対応
- 「感情に左右されない、公平な審査」を売りに
- 若年層の支持率90%
広告コピー
「AIは、あなたの年収で態度を変えません」
おそらく起きること:二極化と中間層の消滅

2035年のサービス市場
中間層の消滅(ミドルマーケットの空洞化)
- 年収1,000万円前後の層が、どちらにも属せず
- 「人間対応」は高すぎる、「AI対応」では満足できない
- この層が最も不満を抱える
企業の戦略
- プレミアム路線:人間の体温を最高の贅沢として提供
- バリュー路線:AIの完璧な効率を低価格で提供
- 中間路線:消滅
差別化要因の変化
2025年(現在)
- 差別化要因:データ活用、AIパーソナライズ、オムニチャネル
2035年(予測)
- AIはコモディティ化(誰でも使える)
- 最終的に差別化要因になるのは**「人間の体温」だけ
逆説の復活
前回の連載(第5週)で述べた「デジタルが進むほど、アナログが効く」という逆説が、究極の形で現れます。
AIが完璧になればなるほど、人間の「不完全さ」「温かさ」「予測不可能性」が、最高の贅沢になる。
予測2:Web3とデータ主権—顧客が「データの貸主」になる

現状の問題:データは企業の資産
2025年の構造
企業:データを「所有」
顧客:データを「提供」(無償)
企業はデータを使って利益を得る
顧客は「サービス」という対価を受け取る
この構造に、疑問の声が高まっています。
顧客の不満
- 「私のデータで企業が儲けているのに、なぜ私には1円も入らないの?」
- 「Facebookは私のデータを広告主に売っている。私にも分け前をくれ」
2035年の姿:データの「貸主」になる

Web3とブロックチェーン技術
- 顧客が自分のデータをブロックチェーン上で管理
- 企業は顧客から「データへのアクセス権」を購入する
- 顧客はデータ使用の対価として、トークン(暗号資産)を受け取る
具体例(2035年予測)
購買履歴データの取引
あなた:「過去5年の購買履歴」をデータマーケットプレイスに出品
企業A(小売):月額1,000円で購入希望
企業B(マーケティング会社):月額2,000円で購入希望
あなた:企業Bと契約
→ 毎月2,000円のトークンが自動的に入金
健康データの取引
あなた:「ウェアラブル端末の健康データ」を出品
製薬会社:研究協力の対価として、年間10万円で購入
あなた:承諾
→ データは匿名化され、研究に使用される
→ 年間10万円が入金
企業への影響:データの「購入」時代
従来の発想(2025年)
- 「顧客データは無料で集める」
- CRMに蓄積すれば、それは企業の資産
新しい発想(2035年)
- 「顧客データは購入する」
- 顧客に対価を支払わなければ、データは得られない
企業のコスト構造の変化
従来:システム構築費(数千万円)
新:データ購入費(年間数億円)+ システム維持費
顧客の交渉力が向上
データの希少性に応じて価格が変わる
| データの種類 | 希少性 | 月額相場(2035年予測) |
|---|---|---|
| 基本的な購買履歴 | 低 | 500円 |
| 位置情報(GPS) | 中 | 2,000円 |
| 健康データ(心拍、睡眠) | 高 | 5,000円 |
| 遺伝子情報 | 極高 | 10,000円 |
顧客の選択
- 「この企業は信頼できるから、1,000円でデータを貸す」
- 「この企業は信頼できないから、10,000円でも貸さない」
ペパーズ理論の前提崩壊
1999年のペパーズ理論は「企業がデータを持つ」ことが前提でした。
2035年、その前提が崩れます。
顧客がデータを「貸す」時代。企業は「借りる」立場。
予測3:メタバース×One-to-One—仮想空間の「常連客」

2035年の買い物体験
VRゴーグルをつけて、バーチャル店舗へ
あなた:VRゴーグルを装着
→ 自宅にいながら、銀座のブランドショップに「来店」
店員(AI or 人間のアバター):
「◯◯様、お帰りなさいませ。
先月お買い上げいただいたジャケット、お気に召していますか?
本日は、それに合うパンツが入荷しております」
あなた:商品を「触る」(触覚フィードバック技術)
→ 生地の質感、重さを体感
店員:「サイズ感はいかがですか?
試着室でお試しください」
あなた:バーチャル試着室で、自分のアバターに着せてみる
→ リアルタイムでサイズ調整
店員:「お似合いです。ご購入されますか?」
あなた:「買います」
→ 翌日、現物が自宅に配送
技術的実現性
必要な技術(2035年までに実現可能)
- VRゴーグルの進化:Apple Vision Pro、Meta Quest の軽量化、高解像度化
- 触覚フィードバック:手袋型デバイスで、商品の「質感」を再現
- AIアバター:人間と区別がつかないレベルの接客
- 3Dスキャン:自分の体型を正確にデジタル化し、サイズを完璧に合わせる
新しい「One-to-One」体験
世界中どこからでも「来店」
- 東京に住んでいても、パリのブティックに「来店」
- 時差は関係なし(AIアバターは24時間対応)
現実の店舗以上の個別対応
- 過去の購買履歴が即座に表示される(店員がタブレットを見る必要なし)
- 「あなた専用の商品棚」が自動生成される
- 試着室で、複数のコーディネートを瞬時に試せる
これは、ペパーズが夢見た「究極のOne-to-One」です。
予測4:プラットフォーム依存のリスク—家主の庭で農耕する危険
警告:あなたのビジネスは「借地」の上にある

現代のOne-to-Oneマーケティングは、Salesforce、AWS、Googleといった巨大プラットフォームの上で成り立っています。
リスク
- プラットフォーム側が利用料を30%上げたら、ビジネスモデルが崩壊
- サービス終了を宣言されたら、全資産が消失
- 規約変更で、突然アカウント停止
実例:App Storeの手数料問題
2020年、Epic Games(Fortnite)とAppleの戦争
Apple:「App Storeで販売する場合、手数料30%」
Epic Games:「高すぎる! 不当だ!」
→ 独自決済システムを導入
Apple:「規約違反」としてFortniteをApp Storeから削除
Epic Games:訴訟を起こす
結果:小規模デベロッパーは泣き寝入り
あなたのビジネスも、同じリスクにさらされています。
Web3の可能性—プラットフォームからの脱却
ブロックチェーンで「データ主権」を確保
- 企業が自分のデータを、プラットフォームに依存せず管理
- 分散型システムで、単一企業の支配を受けない
ただし、2025年時点では実用レベルに達していません。
現実的な対策(2025〜2035年)

1. マルチクラウド戦略
- AWS、Azure、GCPを併用
- 一つのプラットフォームに依存しない
2. 自社システムとSaaSのハイブリッド
- 重要なデータは自社サーバーに保管
- 非重要なデータはSaaSで管理
3. 契約条件の精査
- 「利用料の上限」を契約書に明記
- 「サービス終了時のデータ移行」を保証させる
不変の原則—25年後も変わらないこと
テクノロジーがどれだけ進化しても、ペパーズ理論の普遍的真理は変わりません。

真理1:新規顧客獲得コスト > 既存顧客維持コスト
- 1999年:5〜10倍
- 2025年:依然として5〜10倍
- 2035年:おそらく変わらない(人間の心理は変わらない)
AIがどれだけ進化しても、「新しい人を信頼する」より「長年の付き合いを維持する」方が、人間にとって楽なのです。
真理2:関係性は時間をかけて育つ
- 信頼は一瞬では構築できない
- AIが進化しても、「長年の付き合い」の価値は失われない
2035年の顧客の心理
「このAI、10年間私に寄り添ってくれた。
新しいサービスに移るのは、なんだか寂しい」
AIでも、時間が経てば「愛着」が生まれます。
真理3:顧客を「数字」ではなく「人間」として見る
- LTVは数字だが、その背後には「生身の人間」がいる
- テクノロジーはツール、本質は「人間関係」
2035年でも、変わらない本質
ビジネスとは、数字のやり取りを超えた「人間関係のドラマ」である。
結論:2035年、あなたの会社はどちらを選ぶ?

選択肢A:AIによる完璧な効率
- 100万人の顧客を、AIが個別対応
- コストは極限まで削減
- しかし、「人間の体温」は失われる
選択肢B:人間による究極のパーソナライズ
- 富裕層向けに、人間が徹底的に寄り添う
- コストは高いが、最高の贅沢を提供
- 「AIには真似できない体験」を売る
選択肢C:ハイブリッド
- AIで効率化できる部分は徹底的にAI
- 人間でしかできない部分は、人間が対応
- これが最も現実的
問いかけ:
あなたの会社の顧客は、2035年、AIと話したいですか?
それとも、人間と話したいですか?
その答えが、あなたの会社の未来を決めます。



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