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「イシュー思考」を心理学で深掘る:成果を生む問いの立て方

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  1. はじめに:「忙しいのに成果が出ない」という悩み
  2. イシューって何?まずは基本から
    1. 「イシュー」とは、本当に解くべき問題のこと
    2. 仕事の価値は「掛け算」で決まる
  3. なぜ「イシューから始める」と効果的なのか:心理学的根拠
    1. 1. 認知資源の制御理論:能動的な注意配分の重要性
    2. 2. 意思決定疲れ(Decision Fatigue)の回避
    3. 3. 問題空間理論(Problem-Space Theory):イシュー設定の本質
    4. 4. 自己決定理論:内発的動機づけを高める
    5. 5. メタ認知:自分の思考を俯瞰する力
    6. 6. 確証バイアスの活用(注意点つき)
    7. 7. ヒューリスティクスの罠を避ける
  4. 実践のポイント:良いイシューを見つける4ステップ
    1. ステップ1:一次情報に触れる
    2. ステップ2:仮説を立てる
    3. ステップ3:言葉にする
    4. ステップ4:イシューを見失わない仕組みを作る
  5. 「悩む」と「考える」は違う:二重過程理論からの洞察
  6. 心理学的観点からの疑問点と限界
    1. 疑問1:直感や創造性が軽視されていないか?
      1. ギルフォードの拡散的思考
      2. アマビールの創造性の構成要素理論
    2. 疑問2:仮説の罠に陥らないか?
    3. 疑問3:すべての仕事がイシュー化できるか?
    4. 疑問4:心理的安全性との関係
  7. より効果的に活用するための改善策
    1. 改善策1:「探索モード」と「焦点化モード」の使い分け
    2. 改善策2:「反証探し」を習慣化する
    3. 改善策3:イシュー化しにくい業務の価値も認める
    4. 改善策4:「実験的仮説」の文化を育てる
    5. 改善策5:定期的な「イシュー振り返り」
  8. まとめ:イシュー思考を「道具」として使いこなす

はじめに:「忙しいのに成果が出ない」という悩み

毎日遅くまで働いているのに、なぜか成果が見えない。頑張っているはずなのに、上司からの評価がいまいち。そんなモヤモヤを抱えていませんか?

実は、その原因は「努力の量」ではなく「努力の方向性」にあるかもしれません。今日は、安宅和人さんの名著『イシューからはじめよ』のエッセンスを、心理学の視点も交えながらご紹介します。

イシューって何?まずは基本から

「イシュー」とは、本当に解くべき問題のこと

イシューとは、簡単に言えば「答えを出すべき課題」「白黒つけなければならない問題」のことです。

たとえば、上司から「売上が下がっているから何とかして」と言われたとき、多くの人は「売上を上げるにはどうすればいいか?」という問いをそのまま受け取ってしまいます。

でも、ちょっと待ってください。本当にそれが解くべき問題でしょうか?

実は売上低下の原因が「10代の購入者が激減している」ことだったとしたら、解くべき問題は「10代の購入者を増やすにはどうすればいいか?」になります。問題の設定が違えば、当然、解決策もまったく変わってきますよね。

仕事の価値は「掛け算」で決まる

ここで重要な公式があります。

仕事の価値 = イシュー度(課題の質)× 解の質(答えの質)

多くの人は「解の質」を高めることに必死になります。分析を完璧にしたり、資料を美しく作ったり。でも、これは掛け算なんです。

もしイシュー度がゼロだったら、どれだけ解の質を高めても、答えはゼロのまま。つまり、どれだけ頑張っても、間違った問題を解いていたら意味がないんです。

著者はこれを「犬の道」と呼んでいます。考えもなく走り回って、疲れるだけで成果が出ない状態のことです。

なぜ「イシューから始める」と効果的なのか:心理学的根拠

ここからは、心理学の視点でこのアプローチの有効性を考えてみましょう。

1. 認知資源の制御理論:能動的な注意配分の重要性

人間の脳の処理能力には限界があります(認知心理学では「認知的負荷理論」と呼ばれます)。あれもこれもと手を広げすぎると、脳はパンクしてしまうんです。

ここで重要なのが、ノーマン&ボブロウ(1975)の「認知資源の制御理論」です。この理論によれば、人間の認知資源は単に受動的に使われるのではなく、どこに注意を向けるかを能動的にコントロールできることが示されています。

イシューを明確にすることは、まさにこの「注意の能動的配分」そのものです。「今、本当に考えるべきこと」を自分で決めることで、限られた認知資源を戦略的に投下し、本質的な思考に集中できるようになります。

問いかけ: あなたは今、自分の注意資源をどこに向けていますか?それは本当に優先すべきことでしょうか?

2. 意思決定疲れ(Decision Fatigue)の回避

「考えるべきことが多すぎて疲れる」という経験はありませんか?これは心理学的に「意思決定疲れ」と呼ばれる現象で、バウマイスター(2011)の研究により実証されています。

1日に何百もの小さな決断を繰り返すと、脳のエネルギーが消耗し、重要な判断を後回しにしたり、質が落ちたりしてしまうんです。

イシュー思考は、「これだけに集中すればいい」と決断回数を減らすことで、脳の資源を温存する効果があります。つまり、本当に重要な思考に、フレッシュな頭脳を使えるようになるわけです。

3. 問題空間理論(Problem-Space Theory):イシュー設定の本質

ニューウェル&サイモン(1972)の「問題空間理論」は、イシュー思考の本質を理解する上で極めて重要です。

この理論では、問題解決を「問題空間(現状から目標までの可能な状態の集合)をいかに効率的に探索するか」という観点で捉えます。つまり、イシューを設定することは、膨大な問題空間の中から「探索すべき領域」を明確に定義することなのです。

イシューが曖昧だと、問題空間全体を闇雲に探索することになり、時間も労力も膨大にかかります。逆に、鋭いイシューを設定できれば、探索範囲を大幅に絞り込み、効率的に解にたどり着けるわけです。

問いかけ: あなたが今取り組んでいる問題の「探索空間」は、適切に絞り込まれていますか?

4. 自己決定理論:内発的動機づけを高める

デシ&ライアン(1985)の「自己決定理論」によれば、人は自律性(自分で決めている感覚)があるときに、内発的動機づけが高まることが分かっています。

自分でイシューを設定するという行為は、まさにこの自律性の確保そのもの。上司から言われたタスクをただこなすよりも、「このイシューに答えを出したい」と自分で設定した課題の方が、やる気も持続力も高くなるんです。

5. メタ認知:自分の思考を俯瞰する力

「イシューを設定する力」は、実はメタ認知能力(=自分の思考を俯瞰する力)と深く関係しています。

フラベル(1976)のメタ認知理論によると、問題解決能力の向上には「自分の思考過程に気づく力」が不可欠とされています。

「自分は今、何を問題として捉えているのか?」「この問題設定は適切か?」といった”問いの問い”を立てる力は、まさにメタ認知そのもの。イシュー思考を実践することは、同時にこの高度な認知能力を鍛えることにもなるんです。

6. 確証バイアスの活用(注意点つき)

人間には「確証バイアス」という特性があります。これは、自分の仮説を証明する情報を集めやすくなる傾向のことです。

通常、確証バイアスは思考の偏りとして警戒されますが、明確な仮説を持つことで、効率的に情報を集められるという利点にもなります。ただし、反証も意識的に探す姿勢は必要です。

7. ヒューリスティクスの罠を避ける

問題設定が曖昧だと、人はヒューリスティック(直感的判断)に頼りすぎて、誤った意思決定をしてしまうリスクが増します。

トヴァースキー&カーネマン(1974)の研究によれば、イシューが不明確な状態では、「とりあえず去年と同じ施策を使おう」といった利用可能性ヒューリスティック(思い出しやすい情報に頼る)に陥りやすくなります。

明確なイシューを設定することは、こうした思考の罠を避け、より合理的な意思決定を可能にします。

実践のポイント:良いイシューを見つける4ステップ

ステップ1:一次情報に触れる

まず大切なのは、誰かのフィルターを通していない「生の情報」に触れることです。

ネットニュースや他部署からの又聞きではなく、実際の顧客の声、現場の営業担当者の生の意見、ユーザーテストの結果など。自分の目と耳で確かめた情報からこそ、独自の視点が生まれます。

ポイント:情報は80%くらいで十分です。100%集めようとすると、逆に大胆な発想ができなくなります。

ステップ2:仮説を立てる

一次情報から得た気づきをもとに、「〇〇が原因ではないか?」という仮の答え(仮説)を立てます。

仮説があると、調査すべき範囲がピンポイントに絞れます。すべてを調べる必要がなくなるので、時間も労力も大幅に削減できます。

ステップ3:言葉にする

頭の中でぼんやり考えているだけでは、イシューは確立しません。必ず言葉にして明確化しましょう。

たとえば:

  • ❌ 悪い例:「プログラミングスクールの今後はどうなるだろう」
  • ⭕ 良い例:「受講者のスキルと企業が求めるスキルにギャップがあり、それが解約率を高めているのではないか?」

ステップ4:イシューを見失わない仕組みを作る

一度イシューを設定しても、日々の作業に追われて忘れてしまうことがよくあります。

おすすめの対策

  • デスクの前にイシューを書いた紙を貼る
  • PCのデスクトップに常に表示させる

こうして「思考の軸」を常に意識することで、議論が脱線したり、不要な作業に時間を取られたりすることを防げます。

「悩む」と「考える」は違う:二重過程理論からの洞察

もう一つ、本書の重要なポイントを紹介します。

多くの人が混同している「悩む」と「考える」の違いです。

  • 悩む:答えが出ない前提で、思考が堂々巡りしている状態
    • 例:「今月も売れない、どうしよう…」
  • 考える:答えが出る前提で、建設的に解決策を探す状態
    • 例:「なぜ売れないのか?リストの質か、アプローチ方法か?」

この違いは、エヴァンス(2008)の「二重過程理論(Dual-Process Theory)」で説明できます。人間の思考には2つのシステムがあります:

  • システム1(直感的・自動的):速いが、感情的で非構造的。「悩む」はこのモードに陥った状態
  • システム2(分析的・意図的):遅いが、論理的で構造的。「考える」はこのモードを意図的に起動させた状態

イシューを明確にすることは、システム1の堂々巡りから脱却し、システム2の建設的思考モードに切り替えるスイッチとして機能するのです。

セルフチェック:10分以上考えて思考が前に進まないなら、それは「悩んでいる」サインです。問いの立て方を見直しましょう。

問いかけ: この1週間で、あなたは「悩む」時間と「考える」時間、どちらが多かったですか?

心理学的観点からの疑問点と限界

さて、ここまで『イシューからはじめよ』の有効性を見てきましたが、心理学の視点から見ると、いくつか注意すべき点もあります。

疑問1:直感や創造性が軽視されていないか?

イシュー思考は非常に論理的・分析的なアプローチです。しかし、創造性研究の知見を見ると、重要な視点が抜け落ちている可能性があります。

ギルフォードの拡散的思考

ギルフォード(1967)の「知能構造理論」によれば、創造性には拡散的思考(多様な可能性を広げる思考)と収束的思考(答えを絞り込む思考)の両方が必要です。

イシュー思考は主に収束的思考に焦点を当てていますが、創造的思考には論理性だけでなく「発散的な思考様式」も不可欠であることが示されています。常にイシューに縛られすぎると、予期せぬ発見(セレンディピティ)を見逃す可能性があります。

アマビールの創造性の構成要素理論

アマビール(1983)の研究は、創造性が「専門技能」「創造的思考技能」「内発的動機づけ」の3要素の交差点で生まれることを示しています。

特に重要なのは、創造性は自律的な動機づけと環境要因の交差で生まれるという点です。つまり、あまりに目的志向的(イシュー駆動的)すぎると、自由な発想や遊び心が失われ、かえって創造性が抑制される危険性があるのです。

問いかけ: あなたは最近、「目的なき探索」の時間を持てていますか?

疑問2:仮説の罠に陥らないか?

前述の確証バイアスには負の側面もあります。強い仮説を持ちすぎると、それに反する情報を見逃したり、無意識に排除したりしてしまう危険性があるんです。

特に、自分が情熱を持っている仮説ほど、反証を見たくなくなる傾向があります。

疑問3:すべての仕事がイシュー化できるか?

実際の職場では、「明確なイシューを設定しにくい業務」も多く存在します。

たとえば、関係構築、組織の雰囲気づくり、日常的なコミュニケーションなど。こうした「プロセス重視」の仕事は、イシュー思考だけでは捉えきれません。

疑問4:心理的安全性との関係

組織心理学では「心理的安全性」の重要性が強調されています。

エドモンドソン(1999)は、心理的安全性を「チーム内で、対人リスクをとっても安全だと感じられる状態」と定義しています。これは、チームでの学習行動実験的試行に直結する要因として、現在の組織心理学の中心的テーマでもあります。

もし「正しいイシューを設定できなければ評価されない」という文化になってしまうと、メンバーは失敗を恐れて仮説を立てることを躊躇するかもしれません。

Googleの「プロジェクト・アリストテレス」でも、高パフォーマンスチームの最重要要素として心理的安全性が挙げられています。イシュー思考を導入する際は、同時に「間違えてもいい」「実験的な仮説を歓迎する」という文化づくりが不可欠です。

問いかけ: あなたのチームでは、「間違った仮説を立てること」は許容されていますか?

より効果的に活用するための改善策

これらの疑問を踏まえて、『イシューからはじめよ』をより効果的に活用するための提案をします。

改善策1:「探索モード」と「焦点化モード」の使い分け

すべての時間をイシュー思考で過ごす必要はありません。

  • 探索モード:週に1〜2時間は、特定のイシューを設けず、自由に情報を集めたり、アイデアを遊ばせたりする時間を持つ
  • 焦点化モード:明確なイシューを設定して、集中的に取り組む時間

この2つのモードを意識的に切り替えることで、創造性と効率性のバランスが取れます。

改善策2:「反証探し」を習慣化する

仮説を立てたら、意識的に自分の仮説を否定する情報も探しましょう。

具体的には:

  • 「この仮説が間違っている場合、どんな証拠が見つかるだろうか?」と自問する
  • 信頼できる同僚に「悪魔の弁護人」として反論してもらう

こうすることで、確証バイアスの罠を避けられます。

改善策3:イシュー化しにくい業務の価値も認める

イシュー思考は強力なツールですが、すべての仕事に適用できるわけではありません。

以下のような業務も、組織にとって重要な価値を持っています:

  • チームの信頼関係を築く雑談
  • メンバーの気持ちを聴く時間
  • 予期せぬ学びのための読書や研修

「測定できないもの」にも価値があることを忘れずに。

改善策4:「実験的仮説」の文化を育てる

イシューを設定することを「完璧な正解を求めること」ではなく、「実験的な仮説を立てること」として捉えましょう。

間違っていてもOK。むしろ、早く間違いに気づいて修正できることこそが価値です。こうした文化があれば、心理的安全性を保ちながらイシュー思考を実践できます。

改善策5:定期的な「イシュー振り返り」

週に一度、15分程度、以下を振り返る時間を持ちましょう:

  • 今週取り組んだイシューは適切だったか?
  • もっと本質的なイシューはなかったか?
  • 「犬の道」に陥っていなかったか?

この習慣が、イシュー設定力を継続的に高めてくれます。

問いかけ: あなたがこの1週間で取り組んだ仕事の中で、「イシュー度が低かったかもしれない」と思えるものはありますか?あなたのチームには、「イシューを振り返る文化」が根付いていますか?

まとめ:イシュー思考を「道具」として使いこなす

『イシューからはじめよ』が提唱する思考法は、現代のビジネスパーソンにとって非常に有効なツールです。

核心的なメッセージ

  • 仕事の価値は「課題の質 × 解の質」で決まる
  • 間違った課題に100点の答えを出すより、正しい課題に50点の答えを出す方が価値がある
  • 「悩む」のをやめて「考える」ことに集中しよう

ただし、すべての仕事がイシュー化できるわけではないこと、創造性や直感も大切にすること、確証バイアスに注意することも忘れずに。

大切なのは、イシュー思考を「絶対的なルール」ではなく、状況に応じて使い分ける「道具」として捉えることです。

明日から、ちょっとだけ立ち止まって「これって、本当に解くべき問題かな?」と自分に問いかけてみてください。

その一瞬の問いかけが、あなたの仕事の質を大きく変えるかもしれません。


参考文献

  • 安宅和人『イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」』英治出版、2010年
  • Norman, D. A., & Bobrow, D. G. (1975). On data-limited and resource-limited processes. Cognitive Psychology, 7(1), 44-64.
  • Newell, A., & Simon, H. A. (1972). Human problem solving. Prentice-Hall.
  • Evans, J. S. B. (2008). Dual-processing accounts of reasoning, judgment, and social cognition. Annual Review of Psychology, 59, 255-278.
  • Baumeister, R. F., et al. (2011). Ego depletion: Is the active self a limited resource? In Handbook of self-regulation (pp. 372-399). Guilford Press.
  • Deci, E. L., & Ryan, R. M. (1985). Intrinsic motivation and self-determination in human behavior. Springer.
  • Flavell, J. H. (1976). Metacognitive aspects of problem solving. In L. B. Resnick (Ed.), The nature of intelligence (pp. 231-236). Lawrence Erlbaum.
  • Tversky, A., & Kahneman, D. (1974). Judgment under uncertainty: Heuristics and biases. Science, 185(4157), 1124-1131.
  • Guilford, J. P. (1967). The nature of human intelligence. McGraw-Hill.
  • Amabile, T. M. (1983). The social psychology of creativity: A componential conceptualization. Journal of Personality and Social Psychology, 45(2), 357-376.
  • Edmondson, A. C. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.

さらに学びたい方へ

  • 心理学的な意思決定については、ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』(早川書房、2012年)もおすすめです
  • 組織での実践については、エイミー・エドモンドソン『恐れのない組織』(英治出版、2021年)が参考になります
  • 創造性と問題解決については、J.P.ギルフォードの古典的研究や、Teresa Amabileの一連の研究論文が参考になります
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