お金の使い方を「心の中の財布」で分けて考える心理現象のこと
簡単な説明
メンタルアカウンティングとは、人がお金を心理的にカテゴリー分けして使い方を変える心のしくみです。
たとえば「給料は生活費」「ボーナスはご褒美」といった感情ベースの会計処理が行われます。
この心理は非合理な判断や浪費につながることがあり、行動経済学で重要な概念です。
由来
「メンタルアカウンティング」は、経済学者リチャード・セイラー(Richard Thaler)が1980年代に提唱した概念です。
彼はこの研究によって2017年にノーベル経済学賞を受賞しました。
伝統的な経済学では、人は合理的にお金を使うと考えられていましたが、心理学と行動経済学の観点から「人間は感情や状況により、お金の価値の感じ方が変わる」と示しました。
具体的な説明
人はお金の入手経路(たとえば給料、宝くじ、プレゼントなど)や使用状況(平日か休日か、気分がいいときか落ち込んでいるときかなど)によって、**お金の心理的な「意味づけ」や「使い道の正当化」**を無意識に変えてしまいます。
このような心の処理を「メンタルアカウンティング(心の会計)」と呼びます。
本来、経済的には「1万円は1万円」ですが、以下のように“使いやすさ”や“使ってもいい理由”が変化するのです。
例えば:
- 給料は生活費に
- 宝くじの当選金は娯楽に
- ボーナスは旅行に
というように、全て同じ「お金」なのに、それぞれ別の価値があるように感じてしまいます。
これは家計簿のような「記録」ではなく、「感覚的な仕分け」のことを指します。
メンタルアカウンティングは、プロスペクト理論(カーネマンとトヴェルスキーによる損失回避の理論)とも関係が深く、行動経済学の中心的な概念です。
人間は客観的な価値よりも**「フレーミング(枠組み)」や「参照点(reference point)」**によって、金銭的意思決定を変えてしまいます。
セイラーのモデルでは、以下の3つの構造が提唱されています:
- 記録方法:どうやってお金の出入りを心の中で記録しているか
- 評価のタイミング:収支をいつ評価するか(例:日単位、月単位)
- 評価の仕方:支出と収入の相殺の仕方
具体的な実験や観察手法と結論
有名な実験(セイラー, 1985)
実験内容:
2つのシナリオで映画のチケットを買った人を想定します。
- チケットを買った後にそれをなくしてしまった場合(損失)
- チケットを買う前に同じ金額の現金をなくした場合(現金の損失)
結果:
チケットをなくした人は「もう一度買いたくない」と答える割合が高かった。
一方、現金をなくした人は「チケットを買う」と答えた。
結論:
同じ金額の損失でも、「どのメンタル口座で失ったか」によって判断が変わることがわかります。
心の財布分類
① 【生活費口座】
目的:家賃、食費、光熱費など「生きるために使う」
感情:絶対に削れないもの
行動傾向:クーポンや節約意識が強い
一言メモ:損失があると最もストレスが大きい口座
② 【楽しみ・ご褒美口座】
目的:カフェ、映画、エステなど「癒やし」のために使う
感情:リフレッシュ、満足感
行動傾向:収入があった時やストレス時に増える
ハウスマネー効果が強く出る口座(臨時収入を使いやすい)
③ 【緊急用・保険口座】
目的:病気・修理・冠婚葬祭など「不測の事態」への備え
感情:安心、恐れの軽減
行動傾向:使うのを極端に避ける(心理的損失感が大きい)
使わないこと自体が“価値”になる財布
④ 【投資・成長口座】
目的:書籍、資格、セミナー、資産運用など「未来の自分」へ使う
感情:前向き、期待
行動傾向:成果が見えにくいため、軽視されやすい
富裕層に多く見られるメンタル口座のひとつ
⑤ 【借金・負債返済口座】
目的:奨学金、ローン、クレジットなどの返済
感情:罪悪感、不安
行動傾向:返済を先送りにしやすいが、心理的圧力は大きい
この口座が過大化すると、消費行動全体が萎縮しやすい
⑥ 【贈与・交際費口座】
目的:プレゼント、飲み会、お祝い、寄付など
感情:つながり、承認、義務感
行動傾向:他者の目を気にして出費がかさむこともある
自分ではなく「他人のため」の財布。文化差が大きい
⑦ 【自由資金・フリーキャッシュ口座】
目的:何に使うか決まっていないお金(財布の中の千円札など)
感情:軽いノリ、即断即決
行動傾向:衝動買いが起こりやすい
ヒューリスティック(直感的判断)で使われやすい口座
⑧ 【夢・大きな目標口座】
目的:結婚資金、マイホーム、海外旅行など
感情:希望、達成感
行動傾向:毎月コツコツ積み立てるが、目標が遠いと放棄しやすい
時間割引(未来の価値を低く見積もる)と戦う財布
例文
「母さん、ボーナスは“ごほうび用”のメンタルアカウンティングで分けてるから、ちょっと高級なケーキ買っても罪悪感ないのよね。」
疑問
Q: メンタルアカウンティングはなぜ非合理的とされるのですか?
A: 全ての金銭は客観的には同じ価値を持つにもかかわらず、心理的に使い道を分けることで合理的な資源配分ができなくなるからです。
Q: メンタルアカウンティングはどのように家計管理に影響を与えますか?
A: 感情的な分け方によって、無駄な支出が発生したり、本当に必要な出費を避けてしまうことがあります。
Q: メンタルアカウンティングと予算設定は違うのですか?
A: はい、予算は意識的で計画的ですが、メンタルアカウンティングは無意識的で感情に基づく傾向があります。
Q: メンタルアカウンティングの例としてギャンブルやパチンコは含まれますか?
A: はい、ギャンブルで得たお金は「遊び用」として浪費しやすくなる典型例です。
Q: メンタルアカウンティングの抑制方法はありますか?
A: 意識的にお金を全体として見る練習をしたり、支出前に「これは本当に必要か?」と問う習慣をつけることが効果的です。
Q: なぜ人はメンタルアカウンティングをしてしまうのですか?
A: 人間の脳は複雑な意思決定を単純化するために「ヒューリスティクス(直感的判断法)」を使う傾向があり、金銭管理も感情や状況で処理しやすくするために無意識に分類してしまうのです。
Q: メンタルアカウンティングは全ての人に共通して起こるものですか?
A: はい、多くの人が文化や収入の多寡に関係なく経験します。ただし、金融リテラシーが高い人ほどその傾向は弱まると言われています。
Q: メンタルアカウンティングはポジティブな面もあるのですか?
A: はい、節約用・貯金用などの「自己制御口座」を設けることで、無駄遣いを抑制し、計画的な支出につながることもあります。
Q: この概念は投資判断にも影響しますか?
A: 影響します。例えば「利益が出ている株は早く売るが、損をしている株は売れない」という“保有効果”もメンタルアカウンティングによって強化されます。
Q: メンタルアカウンティングの存在を意識することにはどんな効果がありますか?
A: お金の使い道や価値判断をより客観的に見直すことができ、感情的な浪費を抑え、合理的な経済行動が取れるようになります。
: メンタルアカウンティングは貧困の悪循環を作るのですか?
A: そうとも言えます。生活に必要な資金を確保できないと、「少しの贅沢」への誘惑が強くなり、計画的な金銭管理が困難になる場合があります。
Q: 富裕層でもメンタルアカウンティングによる判断ミスは起きますか?
A: はい。大きな金額になると「感覚が鈍る」ため、不要な投資や高額消費に対する心理的ハードルが低くなり、ミスを引き起こす可能性があります。
理解度を確認する問題
次のうち、メンタルアカウンティングの例として最も適切なものはどれか?
A. 家計簿に全ての支出を記録する
B. 高額の宝くじ当選金を旅行用と決めて使う
C. 日々の支出を抑えて貯金をする
D. 預金通帳を複数持つ
正解:B
関連キーワード
- 行動経済学
- プロスペクト理論
- フレーミング効果
- ヒューリスティクス
- 非合理的意思決定
- 損失回避
- バイアス
関連論文
Mental Accounting Matters(Thaler, 1999)
概要:リチャード・セイラーが提唱したメンタルアカウンティングの理論的枠組みを詳細に解説した論文です。
結果:人々はお金を得た経路や用途によって異なる「心の会計口座」を持ち、これが消費行動や意思決定に影響を与えることが示されました。
解釈:経済学の「お金はすべて同じ価値を持つ」という前提に対し、心理的なバイアスが実際の行動に影響を与えることを示しています。
The Role of Mental Accounting in Risk-Taking and Spending: A Meta-analysis of the House-Money Effect(Dan, 2024)
概要:「ハウスマネー効果」と呼ばれる、予期せぬ収入がリスク志向や浪費行動を促進する現象についてのメタ分析です。
結果:57の連続的および18の二項結果の研究を分析し、ハウスマネー効果の平均効果量はg = 0.37、相対リスクは1.33であることが確認されました。ただし、状況によって効果の強さには大きなばらつきがありました。
解釈:ハウスマネー効果は実験環境では強く現れるものの、現実世界ではその影響が弱まることが示され、状況依存性が高いことが明らかになりました。
Mental Accounting and Consumer Choice(Thaler, 1985)
要:消費者行動におけるメンタルアカウンティングの役割を探求した論文で、プロスペクト理論と取引効用の概念を導入しています。
結果:消費者は得た利益と損失を異なる方法で評価し、これが購買行動に影響を与えることが示されました。
解釈:伝統的な経済理論では説明できない消費者の非合理的な行動を、心理的な枠組みで理解するための基盤を提供しています。
Mental Accounting: A Systematic Review(ResearchGate, 2022)
概要:1900年から2015年までのメンタルアカウンティングに関する研究を体系的にレビューした論文です。
結果:メンタルアカウンティングは、会計学、経済学、心理学の交差点で研究されており、特に意思決定プロセスにおける影響が強調されています。
解釈:メンタルアカウンティングは、個人の財務的意思決定において重要な役割を果たし、行動経済学の中心的な概念であることが確認されました。
The Robustness of Mental Accounting: A Global Perspective(ResearchGate, 2025)
概要:メンタルアカウンティングの効果が文化や国を超えて再現可能であるかを検証した研究です。
結果:21カ国、5,589人の参加者を対象にした7つの主要な実験効果の再現性をテストし、メンタルアカウンティングの効果が時間と文化を超えて再現されることが確認されました。
解釈:メンタルアカウンティングは、文化的背景に関係なく人間の意思決定に普遍的な影響を与えることが示されました。


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