人は「得をすること」よりも「損をしないこと」のほうを強く意識する傾向がある、という心理現象のこと
簡単な説明
損したくない気持ちって、得したい気持ちよりずっと強いんだよね。
1000円もらえるより、1000円失うほうがずーんとくる。
だから、人は「損しない選択」を無意識に選びがち!
由来
損失回避(Loss Aversion)は、心理学者であり行動経済学の創始者でもあるダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)とエイモス・トベルスキー(Amos Tversky)によって提唱された理論で、1979年に発表された「プロスペクト理論(Prospect Theory)」の中心的な概念です。
カーネマンはこの研究の功績で2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。
具体的な説明
人は、まったく同じ金額であっても「得をする」ときより「損をする」ときの方が2倍以上の心理的な影響を受けます。
たとえば、「1000円得する」喜びより「1000円失う」悲しみの方が大きく感じるのです。
プロスペクト理論における損失回避とは、効用関数が利得領域では緩やかで、損失領域では急峻になる非対称な傾向を示します。
つまり、人間の意思決定は客観的な期待値に基づかず、主観的な損得の価値関数に依存するというものです。
具体的には、損失に対する敏感さは利得の約2.25倍とされます(Kahneman & Tversky, 1992)。
実験例(Kahneman & Tversky, 1984)
条件A:
- A-1:ある病気に対して、200人が助かるプログラム(選択率72%)
- A-2:400人中200人が死ぬプログラム(選択率28%)
同じ人数が助かるにも関わらず、「死ぬ(損失)」という言い方をすると回避されます。
結論:
表現の仕方(フレーミング)によって選択行動が変わるのは、損失回避による影響です。
例文
「1000円あげると言われるより、1000円を落としたくないと思う気持ちのほうが強いのは、損失回避が働いているからです。」
疑問
Q: なぜ損失のほうが強く感じるのですか?
A: 生存本能と関連しています。進化的に損失(=危険)を避けることが命を守る行動として有利だったためと考えられます。
Q: 損失回避は誰にでも見られる現象ですか?
A: はい。文化や年齢を問わず、多くの人に共通して見られますが、個人差はあります。
Q: 「損失回避」と「リスク回避」は同じ意味ですか?
A: 違います。損失回避は「損を嫌う傾向」、リスク回避は「不確実性を避ける傾向」です。
Q: 投資行動にも損失回避が影響するのですか?
A: はい。損を確定したくない気持ちから、含み損のある株を売らずに持ち続ける「損切りできない」行動が典型例です。
Q: フレーミング効果とはどう違うのですか?
A: フレーミング効果は「表現の仕方によって判断が変わる現象」で、損失回避はその原因の1つです。
Q: 損失回避は日常生活のどんな場面で現れますか?
A: たとえば、ポイントカードの有効期限が近づいたとき、「失効する=損失」と感じて無理にでも買い物をする行動は、損失回避の表れです。
Q: 損失回避の影響で間違った判断をしてしまうことはありますか?
A: はい。損失を恐れるあまり、非効率な選択やリスクのある決断をしてしまうことがあります。たとえば、損を取り戻そうとしてギャンブルを続けてしまうのもその一例です。
Q: 子どもや高齢者にも損失回避の傾向は見られますか?
A: 年齢によって多少の違いはありますが、損失回避は発達段階に関係なく多くの人に共通して見られる傾向です。特に不確実な状況では誰でも損失を避けたくなります。
Q: なぜ損失は「利得の2倍以上強く感じる」と言われているのですか?
A: カーネマンらの実験では、利得と損失の心理的影響を数値化したところ、損失による不快感は利得の快感の約2.0〜2.5倍とされており、多くの再現実験で支持されています。
Q: 損失回避の心理をビジネスに応用する例はありますか?
A: はい。期間限定のセールや「今買わないと損」といった広告は、損失を避けたいという心理を利用して購買を促進しています。これはマーケティングにおける典型的な損失回避の応用です。
Q: Walasekら(2024)の研究では、損失回避の程度にどのような新しい知見が得られましたか?
A: 彼らの分析では、損失回避係数は平均1.31と、従来考えられていたよりも低めに出ています。これは、損失回避の強さが実験デザインや文脈に影響される可能性を示唆しています。
Q: Yechiam & Zeif(2025)は、損失回避の一貫性についてどのように結論づけていますか?
A: 彼らは「損失回避は必ずしも頑健な現象ではない」と指摘しました。研究方法によっては、損失よりも利得を重視する結果になる場合もあり、損失回避の普遍性に再考が必要とされています。
理解度を確認する問題
次のうち「損失回避」に関する記述として最も適切なものを選びなさい。
A. 人は利得と損失を同じ価値で評価する
B. 損失の影響は利得の約2倍強く感じる
C. 人は損失をあまり意識しない
D. 利得よりもリスクの方を好む傾向がある
正解:B
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- ダニエル・カーネマン
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関連論文
Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk
概要:この論文でカーネマンとトヴェルスキーは、従来の期待効用理論では説明できない人間の意思決定の非合理性を指摘し、新たに「プロスペクト理論」を提唱しました。
主な結果:
- 人は損失を利得よりも強く感じる(損失回避)。
- 損失の心理的影響は、同等の利得の約2倍以上とされる。
- 意思決定は、絶対的な結果よりも、参照点からの変化(利得または損失)に基づいて行われる。
解釈:この研究は、人間の意思決定が合理的な期待効用の最大化ではなく、主観的な価値評価に基づいていることを示しました。損失回避は、プロスペクト理論の中心的な概念であり、行動経済学の基礎を築きました。
Meta-analysis of Empirical Estimates of Loss Aversion
概要:このメタ分析では、1992年から2017年までに発表された150の研究から607の損失回避係数の推定値を収集し、損失回避の大きさとその変動要因を検討しました。
主な結果:
- 損失回避係数の平均値は1.955であり、95%信頼区間は[1.820, 2.102]。
- 研究デザインの違い(例:実験の種類、報酬の性質、参加者の属性)による推定値の差異は限定的であった。
解釈:この結果は、損失回避が広範な分野で一貫して観察される現象であることを示しています。また、損失回避の大きさは、研究方法や参加者の特性によって大きく変動しないことが明らかになりました。
A Meta-Analysis of Loss Aversion in Risky Contexts
概要:このメタ分析では、リスクを伴う状況における損失回避の大きさを評価し、プロスペクト理論のパラメータλ(損失回避係数)の平均値を推定しました。
主な結果:
- 損失回避係数λの平均値は1.31であり、95%信頼区間は[1.10, 1.53]。
- 従来の推定値(例:Tversky & Kahneman, 1992のλ=2.25)よりも低い値が得られた。
解釈:この研究は、損失回避の大きさが文脈や測定方法によって変動する可能性を示唆しています。また、損失回避が普遍的な現象である一方で、その程度には個人差や状況依存性があることが示されました。
Loss Aversion is Not Robust: A Re-Meta-Analysis
概要:この再メタ分析では、損失回避の頑健性を再評価し、先行研究のバイアスや方法論的な問題点を検討しました。
主な結果:
- 損失回避の効果は、研究デザインや測定方法に大きく依存する。
- 一部の研究では、損失回避の効果が観察されない、または逆転する場合もある。
解釈:この研究は、損失回避が一貫した現象であるという従来の見解に疑問を投げかけています。損失回避の存在や大きさは、文脈や測定方法によって変動しうるため、今後の研究ではこれらの要因を考慮する必要があります。
Thinking, Fast and Slow
概要:この著書でカーネマンは、人間の思考を「速い思考(直感的・自動的)」と「遅い思考(論理的・努力的)」の2つのシステムに分け、損失回避を含むさまざまな認知バイアスについて解説しています。
主な内容:
- 損失回避は「速い思考」によって引き起こされる直感的な反応である。
- 人は損失を避けるために、非合理的な意思決定を行うことがある。
解釈:この著書は、損失回避を含む認知バイアスが日常生活や意思決定にどのように影響するかを一般読者にもわかりやすく説明しており、行動経済学の普及に大きく貢献しました。
覚え方
損失の痛みは利得の喜びの約2倍大きいとされ、意思決定に影響を与えます。
この傾向は、行動経済学の中核概念であり、プロスペクト理論に基づいています。


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