取引にかかる“見えないコスト”に注目する経済学の考え方のこと
簡単な説明
「めんどくさいコストまでちゃんと考えようぜ」っていう経済の考え方!
コンビニでおにぎり買うとき、値段は150円。でも…
- どこのコンビニが安いか探す → 時間のコスト
- 品質は大丈夫?と悩む → 不安のコスト
- 店員さんと対応する → 人間関係のコスト
こういう“見えないコスト”全部まとめて「トランザクションコスト」っと言います。
由来
この理論は1970年代に経済学者オリバー・ウィリアムソン(Oliver E. Williamson)が提唱し、2009年にノーベル経済学賞を受賞しています。基礎はロナルド・コース(Ronald Coase)の1937年の論文「The Nature of the Firm」にあります。
心理学ともつながりが深く、「人はなぜ合理的に動けないのか?」という限定合理性(bounded rationality)の考え方もこの理論に組み込まれています。
具体的な説明
トランザクションコストとは、物やサービスを「買う・売る」などの取引をする際にかかるコストのことです。値段そのものではなく、交渉・契約・監視・信頼関係の構築・トラブル対応といった「見えにくい」コストです。
この理論では「どうすればコストを減らし、効率よく取引できるか」を考えます。
たとえば、中学生が友達に「ポケモンカード」を交換してもらうとき、次のような「見えないコスト」が発生します。
- 相手が本当に信頼できるか確認する時間
- お互いにカードの価値を説明し合う時間
- 後でトラブルが起きたときの対応
これが「トランザクションコスト」です。
大学レベルでの説明
ウィリアムソンは、組織や企業の成り立ちを「市場よりトランザクションコストが低くなるから」と説明しました。特に次の3点に注目します:
- 限定合理性(bounded rationality):人は全ての情報を処理できない
- 機会主義(opportunism):人は自分に有利に行動しようとする
- 資産の特殊性(asset specificity):ある取引にしか使えないモノ・資源があると不安定になる
これらにより、「市場で買うより、社内でやった方が安全で安い」という判断がなされるのです。
例文
会社Aが部品を作ってもらうのに外注するか、自社でやるか迷ってる。
外注すると安く見えるけど、納期が遅れたり品質にバラつきがあったら困る。
結果的に自社でやることにした。これがトランザクションコスト経済学の考え方です。
疑問
Q: トランザクションコストと心理学はどう関係するのですか?
A: 人間の行動には感情や思い込みが影響し、「完全に合理的」とは限りません。こうした限定合理性や信頼の心理がトランザクションコストに影響します。
Q: なぜ企業は社内でやる方を選ぶのですか?
A: トラブルや交渉のリスク、つまりトランザクションコストが高いと、社内で完結した方がコストを抑えられると判断されるからです。
Q: トランザクションコストを減らすにはどうすればいいのですか?
A: 契約の明確化、信頼構築、ITの導入(自動化や記録)などが有効です。
Q: 子どものおこづかいにも関係がありますか?
A: はい。「お菓子を買いに行く時間」「どれを選ぶか悩む時間」も広い意味でトランザクションコストです。
Q: トランザクションコストは見えるお金ですか?
A: いいえ。多くは「時間」「ストレス」「失敗のリスク」など目に見えないコストです。
Q: トランザクションコストが高くなりやすい場面にはどんな特徴がありますか?
A: 情報が不完全で相手の信頼性が低い場合や、契約が長期にわたる場合、また特殊な資産(他に使えない設備や技術)を使う場合はコストが高くなりやすいです。
Q: トランザクションコストはどんな種類に分類できますか?
A: 一般的に「探索コスト」「交渉コスト」「契約履行・監視コスト」に分けられます。探索コストは相手を探す手間、交渉コストは条件を話し合う手間、契約履行・監視コストは守ってもらうための努力です。
Q: インターネットやSNSはトランザクションコストを下げていますか?
A: はい。情報探索が容易になり、信頼の見える化(レビューなど)も進み、交渉がスムーズにできるようになったため、コストが低下しています。
Q: 逆にITの進化でトランザクションコストが増えることはありますか?
A: はい。情報過多により選択肢が増えすぎて決定コストが上がる、セキュリティ問題で監視コストが増えるといったことがあります。
Q: トランザクションコスト経済学は心理学のどんな分野と特に関連がありますか?
A: 「意思決定」「認知バイアス」「対人関係の信頼形成」などが関連します。人が完全に合理的に行動できないという前提は、認知心理学の基本的な考えと一致します。
Q: 資産特殊性が高いと、取引コストは必ず高くなりますか?
A: 必ずしもそうではありません。メタ分析(Geyskens et al., 2006)によると、資産特殊性は取引コストを高める可能性がある一方で、信頼関係や関係の質が高い場合には、むしろパフォーマンスを向上させる要因となることもあります。
Q: トランザクションコスト経済学は組織の意思決定にどれほど影響していますか?
A: 多くの実証研究(Crook et al., 2013)が示すように、組織の「自社で行うか外注するか」という意思決定に対して中程度以上の影響を与えています。特に不確実性や資産特殊性が高いと、内部化の傾向が強まることが確認されています。
Q: 関係型ガバナンスとは何ですか?どんな効果がありますか?
A: 関係型ガバナンスとは、契約やルールに頼るのではなく、信頼や長期的な関係性に基づくガバナンスです。Geyskensらのメタ分析によれば、関係型ガバナンスはトランザクションコストを削減し、組織パフォーマンスを高める効果があります。
Q: TCE(トランザクションコスト経済学)の限界は何ですか?
A: Macher & Richman(2008)は、TCEの限界として「取引コストの測定困難さ」「理論の一貫性の欠如」「心理的・感情的要因の軽視」などを挙げています。そのため、他の理論と組み合わせて使うことが望まれます。
Q: トランザクションコスト経済学は心理学とどのように結びつけられますか?
A: 限定合理性や信頼、意思決定に関する心理的プロセスは、TCEと密接に関係しています。Cuypersら(2021)は、今後の研究では心理学的アプローチや行動経済学的要素の導入がTCEの精度向上に役立つと指摘しています。
理解度を確認する問題
トランザクションコスト経済学における「限定合理性」とは何を指すか?
A. 人間の行動が必ず最適な判断をするという前提
B. 情報を完全に把握して判断できる能力
C. 情報や計算能力に限界があり、最適な判断が難しいこと
D. 利益よりも倫理を優先する行動
正解:C
関連キーワード
- 限定合理性
- 機会主義
- 資産特殊性
- 契約理論
- 組織経済学
- 信頼と心理
- 情報の非対称性
関連論文
「Make, Buy, or Ally: A Transaction Cost Theory Meta-Analysis」
概要:
Geyskensら(2006)は、組織の境界決定(自社生産、外部調達、提携)に関するTCEの仮説を検証するため、200本以上の実証研究をメタ分析しました。
主な結果:
- 資産特殊性(asset specificity)と不確実性(uncertainty)は、組織形態の選択に有意な影響を与える。
- 資産特殊性が不確実性よりも強い予測力を持つという仮説は支持されなかった。
- 階層型ガバナンスと関係型ガバナンスの両方が、取引特性に適切に対応することでパフォーマンスを向上させる。
解釈:
TCEの主要な仮説は概ね支持されるが、資産特殊性の優位性については再検討の余地がある。関係型ガバナンスの有効性も確認され、TCEの適用範囲が拡大している。
「Organizing Around Transaction Costs: What Have We Learned and Where Do We Go From Here?」
概要:
Crookら(2013)は、TCEに関する143本の研究をメタ分析し、TCEの理論的予測と実際の組織行動との整合性を評価しました。
主な結果:
- TCEの予測は多くの状況で支持されるが、効果の大きさは中程度であり、他の理論的視点の統合が必要である。
- TCEは組織の境界決定やパフォーマンスに影響を与えるが、すべてを説明するには不十分である。
解釈:
TCEは有用な枠組みであるが、組織行動の複雑性を完全には捉えきれていない。リソースベースドビューやリアルオプション理論など、他の理論との統合が望まれる。
「Asset Specificity and Relationship Performance: A Meta-Analysis over Three Decades」
概要:
この研究は、資産特殊性が取引関係のパフォーマンスに与える影響を、30年間の研究を通じてメタ分析しました。
主な結果:
- 高い資産特殊性は、取引関係のパフォーマンス向上と関連している。
- ただし、関係の質や信頼性が低い場合、資産特殊性はリスク要因となる可能性がある。
解釈:
資産特殊性は、関係の質や信頼性と組み合わせることで、取引パフォーマンスにプラスの影響を与えるが、単独ではリスクとなる可能性もある。
「Transaction Cost Theory: Past Progress, Current Challenges, and Suggestions for the Future」
- 概要:
Cuypersら(2021)は、TCEの過去の進展、現在の課題、将来の研究方向性について総括しました。 - 主な結果:
- TCEは多くの組織現象を説明する有力な理論であるが、分野間での知見の共有が不足している。
- 信頼や行動経済学的要素を取り入れることで、TCEの説明力が向上する可能性がある。
- 解釈:
TCEは進化し続けており、他の理論との統合や新たな視点の導入が、理論の深化に寄与する。
「Transaction Cost Economics: An Assessment of Empirical Research in the Social Sciences」
- 概要:
Macher & Richman(2008)は、社会科学におけるTCEの実証研究を評価し、理論の有効性と限界を検討しました。 - 主な結果:
- TCEの主要な仮説は多くの研究で支持されている。
- しかし、取引コストの測定や理論の適用には一貫性が欠けている。
- 解釈:
TCEは有効な理論であるが、測定方法や適用範囲の明確化が今後の課題である。


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